Top Page  籔半案内  マップ・アクセス  駐車場  リンク  サイトマップ Mail

蔵戸前

01黒っぽい蕎麦が本物

TV

・・最近どういうわけかTV取材なんかがある。
先日も弊店の「そば巣籠り」と「そばもやし」がTVで紹介された。

 気心の通じ合うTVマンならいいが、いつもこういうわけにはいかない。
 とりわけ、年端も行かない女性エーディなんていう、何がナンだかわからない肩書きの人間との「やりとり」なんかが一番困る。
 数年前、そんなTVクルーと大立ち回りがあって・・・!

発端は、

「今度は、札幌周辺の蕎麦屋さんの『天麩羅そば』に光をあてたいんです、どうですか小樽・籔半さんの天麩羅蕎麦も紹介しますが?」
「あのね、ウチの『天ぷら蕎麦』は別段目新しいもんじゃねぇから、折角だが遠慮するわ。 まして天ぷらじゃあ、揚げる時から撮影すんだろ? あんなぁ、板場なんかにカメラ入るの、テメェのパンツの中を覗かれているみたいでな、やなこった。」
「・・・じゃあ、カメラ回しませんから、ネ、お願いしますよ、 タイショォォ!」

ナンテ会話をしていて、つい断れなくなって、

「じゃあ、明日レポーターを連れて取材させてもらいます。ヨロシク。」

と帰ってしまって。

天ぷら蕎麦でもって、翌日、昼の繁忙時間を過ぎてからという約束も全く反故にされ、まだお客様がいらっしゃるうちからドンドン撮影機材が持ち込まれ、こちとらは・・・次第に気分悪くなってくる。
そんな事しらん顔して、若い女性エーディ嬢が馴れ馴れしく、

「タイショォ、今日は有名なレポーターを連れてきましたからぁ。」

ナンテ、後で若い衆に聞くと食通をウリにするタレントらしい。
が、「野生の王国」なら視るが、そんな垂れ流し的好き勝手悪ふざけ番組など見ないから、そんなタレントなど知るわけねぇ。
無理やり挨拶させられ、ウナジの髪の毛がサワサワ逆立ってくる。

「じゃぁ、一度リハをお願いしますぅぅ。」

なんて自分等の業界用語なんか、人の店で傍若無人に使ってくれる。

「ロハなら散々使いまくって来た言葉だが、『リハ』ってなんだ?」

って顔すると、若い女性エーディは小ばかにした顔つきで

「タイショォォ、リハーサルっ!練習、本番前の練習」

と囁いてくる。
タレント・レポーターはうつむき加減で肩を震わせ笑いをこらえ、まあここまで来てタレントレポーターに恥かかせるのもナンだと思い直し、

「やるぞ!」

と一声かけると、おもむろにボールに卵の黄身をとり天ぷら粉とで「衣」を造り、水道水を注ぐ。

「えぇぇ、天麩羅は氷水で天ぷら粉とくんじゃないのぉぉ!」

と突然横からタレント・レポーターが言ってくれる。
こういうのを「蕎麦屋の湯桶」野郎、って蕎麦屋じゃいう。
そば湯の容器が「湯桶」てぇ名前で、注ぎ口が持ち手と直角についていることから、「横から口出す奴、でしゃばり」てぇ、一番馬鹿にしたもんだ。
あろうことかその「蕎麦屋の湯桶」野郎レポーターが、更に続けてくる。

「それじゃ、カラッと揚がらないでしょう、有名な天麩羅屋じゃ水から冷蔵庫に冷やしておいてあるのにぃぃ!」

と、蘊蓄まで滔々と語ってくる。天麩羅盛り合わせ
「蕎麦屋の湯桶」野郎レポーターはディレクターやエーディを見回し、得意満面得心の笑いを浮かべる。
一方、板場の若い衆は体を起こし硬直させ仕事を中断している。

「ったく!東京のまずくて飲めない水道水で悩む、天麩羅屋と蕎麦屋をゴチャ混ぜにすんな。」
「こいつが、籔半のイツモノの仕方だぁ」

と呟き、まだ余裕を持って天ぷらを揚げ始める。
弊店の厨房主任が、

「冷蔵庫で水を冷やすのはただ冷やせばいいてぇだけじゃない。」
「また、冷えた水だから天麩羅がカラッと揚がるわけじゃない。」
「東京の水道水はそりゃ旨くなく塩素がめちゃ入っていて、そんな水で衣水をつくると臭いから、冷やしながら時間かけて塩素を抜くわけだからな。」

と後輩の若い衆に小声で教えているのを耳にし、笑みが浮かぶ。
油の温度を見る。
使い古しの天ぷら油を新しい油に加え、高温にしたところで頃合いに「衣」をつけた海老を天ぷら鍋におとし入れ、「衣」を周りに散らすように落とし、散った「衣」を海老のまわりにくっつける。

「あはは、そんなぁぁ、いやだなぁ、タイショー、海老を大きく見せようって算段なんかぁ!」

未だ、反省のない「蕎麦屋の湯桶」レポーターの素っ頓狂な声が厨房に響き渡り、レポーターを睨む厨房主任を目で制し、「蕎麦屋の湯桶」レポーターなど無視し、

「使い古しの油と新しいのとで高温であげるんだ、蕎麦屋は!」
「大きく見せるぅてか! お前さんのようなミーハー根性ならそう見えるわな!」

と呟き、深く揚げたような色合いになった天ぷらを素早く鍋から上げると、またまた、

「えぇぇ、もおぉぉ、それじゃ海老はまだレアでしょうがぁぁ!」

と、相変わらずの馴れ馴れしい調子で何でも間延びさせる語りの「蕎麦屋の湯桶」レポーター。 うざったくなってき、ディレクターを睨むと顔を反らせる。 若い女性エーディが、

「ちょっと打ち合わせしなおしましょうか?」

と、ディレクターと小声で話しあい始め、レポーターがその中に割って入り、なにやら語り合い、若い女性エーディが背中を押されるように、

「あの、タイショォ、今の視聴者は皆グルメなんですぅ」
「タイショー、ね、手抜きなんかしないでもっと真剣にね」
「ネ!やって下さいよぉぉ」

と猫なで声で言ってくる。
板場の若い衆が硬直状態から絶対温度冷凍状態に激変し、持っていたレードルを床に落とし、

「カ〜〜〜ン」

と金属音が、ゴングのように板場に響き渡る。

「て、手抜きぃぃィィ! 誰に向かって言ってくれるわけだぁ!」

と、眼鏡越しににらむこと数分。 若い女性エーディはもう目に涙がうるうる状態。
調理場にいる全員が立ち尽くす。 やっと「蕎麦屋の湯桶野郎レポーター」接待要員役しかしてこなかったディレクターが困り果てたか、

「タイショォ!天麩羅屋とは言わないまでも籔半サン自慢の天麩羅蕎麦でしょう?ちゃんともう一回、これはTVの取材なんだから! でね、油はね、新しいもので、ね。」

と仲を取り持つように馴れ馴れしい言葉遣いをしてき、ウナジの毛がもう猛々しく逆立ち状態の私に逆に睨み返され怯み後ずさりし、それを助けようと涙目のエーディが

「で、タイショウ、次は?」
「アツアツの蕎麦つゆをはったお蕎麦の上にそのアツアツの天麩羅をジュウっと。」

と言ってき、すかさず私は、

「ン!ジュウっと・・・、入れないんだわ、蕎麦屋は!」

ついにエーディの目から涙が頬を伝い落ち、

「ど、どうしてぇぇ?」

と絶句。
もう、いい加減面倒くさくなった私だったが、最後の頑張りで、

「あのな、天ぷらは少し冷ましておくの。
あんたが言うアツアツの揚げたて入れたらそりゃ確かにジュウって音がしてTV写りはいいかもしれん。
が、蕎麦つゆも天ぷらも両方熱いとな、油が弾けちゃう。
だからわざと少し冷まさんとねな!
天ぷらが蕎麦つゆ吸ってくんないと旨くないの。」

タレントレポーターはガックリ肩を落とし板場から客席に戻り、ディレクター共々力なく椅子に座り、エーディは板場で両手に顔を埋め、若い衆に慰められている。

「あのナ、板場での撮影はしないって約束だろうが!」
「おまえら、もう、いい、帰れ!」

・・・すべては終わりました。
・・・ツマラナイ蘊蓄かぶれのタレントレポーターが原因で、とんだ顛末になったわけだが、そもそも土俵がちがったことからくる。
蕎麦屋の土俵、天麩羅屋の土俵、TV画面写りだけがすべてのTVマンの土俵が、夫々違った事からくる。
で、そんなみっともない騒ぎがあってから、二週間過ぎた頃、ふと客席にくだんの若い女性エーディが「天ぷら蕎麦」食べているのを見つける。
席に挨拶にいった。
可愛いだよね、あんな事あったのに、こういう風に来てくれると。
で、初めて蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」がなぜあんな揚げ方するかってぇ話をしてあげてしまった。
俺も若い女性にはからっきしだらしねぇ。

「・・・、あんなエーディさんよ、良く聞けよ。
天ぷら蕎麦」の旨さは「蕎麦」に「天ぷら」の油が絡み、互いの良さを引き出しあうことがポイント。
蕎麦(麺)の中の僅かの脂分を「天ぷら」が誘い引き出すからそもそも旨い。
そのためには衣が天麩羅屋のように薄くサクサクしてちゃ意味なくて、少し大きめの衣でなきゃならない。
第一、天麩羅屋のような薄い華の咲いた衣だと熱い蕎麦つゆの中ではすぐ衣は剥げ、ストリップしてしまうだろうが。
でも油っこいのは、もっといけねぇ。程ってぇものがある。
蕎麦つゆが天ぷらの油でギトギトになって、舌に油の膜なんかできて、蕎麦の味なんかも分かんなくなっちゃあ、お終い。
高温で短時間で一気にやるてぇ、ナンデかてぇと、短時間だと揚げ色合いが仲々つかないから高温にわざとする、で、それだけじゃ、駄目だってぇんで使い古しの油と足して色つけにする、別にケチってやるわけじゃねぇ。ゴマ油でもいいんでぇ。
高温だから衣はってぇと、表面だけ固い揚げ加減になり、それでアツアツの蕎麦つゆに負けない、早く溶けてモロモロにならんような天ぷらに仕上がる。
わけのわからん若い食通気取りが売りのタレント・レポーターは「それじゃ、レアだ」なんて蘊蓄ぶったが、衣が全部揚がっちゃこれもお終い。
そんな天ぷら揚げたら若い衆はけっ飛ばされる。
生の部分が少し残っているてぇと、それが蕎麦つゆに溶けだし蕎麦自身の旨味も引きだす役をする。
芸達者なやつなんだ、「天ぷら蕎麦」は。
蕎麦屋だって天麩羅屋に食いに行く。
で、薄い華の咲いたサクサクの衣の天麩羅を堪能する。
が、そんなあっさりの天麩羅などをアツアツで蕎麦つゆに置いたら、見る間に蕎麦つゆに油がまわる。ラーメンなら脂が浮いたのが売りかもしらんが、蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」は「蕎麦」の旨味を消しちゃなんねぇ、って分けなんで。
要は、「天麩羅屋の天麩羅」と「蕎麦屋の天ぷら蕎麦」は全く次元が違うてぇこと。蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」は、天麩羅という衣装を着た演技もので、蕎麦屋は永年の経験で、わざとそういう「天ぷら蕎麦」を作ってきた。
素人っぽい演技をもわざと出来る芸人と素人そのものしか売りに出来ないタレントとの違いナンゾあのタレント・レポーターさんはわからんだろうがね。
そりゃ、お客様の中にもナンデおまえんとこの「天ぷら蕎麦」は棒揚げじゃねぇんだ、てぇおっしゃるお客様もいるし、アツアツじゃねぇって怒られる場合もある。
お客様に出す案配加減がちょっとズレテ、「天麩羅盛り合わせ」が冷めて出ちゃそりゃ怒られても仕方ねぇ、板場から謝りにいかにゃなんねぇ。
だがね、「天ぷら蕎麦」に関しては同じクレームつけられても謝りにはいかねぇ、そういうメニューなんだからね。
勿論、蕎麦屋だって蕎麦屋酒の酒肴の「天麩羅」には、薄い衣の華の咲いた天麩羅を出すが、天ぷら蕎麦は違うわけで。
TVで柳家小さん師匠の落語で蕎麦の食べ方を見たことあるかい?
小さん師匠は演題で蕎麦を食べるシーンの時には、大げさに蕎麦を手繰った箸を頭より上に持ち上げ猪口にいれる演技をする、そうした方が寄席の客の目にまるで蕎麦を食べている錯覚をつくらせる。
自分が食べる時はそんなことしないんでぇ。
みな、計算された、永年の蓄積に基づく演技・芸なんで。
蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」も、本当に演技ものなんだ。」

とここまで話すと、エーディ嬢にっこり笑って。
で、良く見りゃ、案外可愛い。

「お前さん感心だ、今夜呑みにいかねぇ・・・・」

と言ったところで、のれんをくぐって入ってきた痩せた足の長い青年が彼女の横に座り

「蕎麦食べたらさぁ、行っか?」

てぇ声掛けしやがって。

「タイショ!『天ぷら蕎麦』おいしかったです。又、来ます、会社の人誘って!」

とエーディ嬢はにっこり笑みを投げ出て行き、ホールスタッフが腹を押さえて笑いを堪え、自分はというと客席で一人咳払いするだけの、情けない体たらく。

The END

トップページへ