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03.小樽蕎麦同業組合の設立

08. 北海道麺類飲食業生活衛生同業組合の誕生

08-01、北海道麺類飲食業環境衛生同業組合の序章

 昭和32年6月、法律第164号により
  「環境衛生関係営業の運営の適正化に関する法律
が制定された。
 これより先、昭和29年12月小樽駅前に「籔半」が呱々の声をあげた。
 しかし複数の株主による共同経営は順調な経営とはいい難く、昭和31年小川原昇氏が代表取締役として新たな構想を基に全権を掌握した。
 小川原氏は屋号「籔半」に「籔」の字を使う以上。東京の「籔」系列の技術導入を図り、その年9月上京、約1カ月上野と神田の「籔」の店に鰹節問屋の紹介で入り技術を勉強し、かつ都内の蕎麦屋を勉強しまわり、研鑽に勤めた。
 この中で、日麺連(旧・日本麺業組合連合会、現・日本麺類業団体連合会)副会長の「加藤学」氏との出会いがあった。 
 どちらがどう接近したのか定かではない。 が、加藤副会長が小川原氏の言動を見、凡庸の器でないことを見抜いたのか、小川原氏は氏でこの業界の参入が遅かったがゆえに、わが業界が当時おかれている国内での地位について加藤氏から啓蒙を受けたことは確かであろう。
 こういう出会いを人は「運命」という。
 環同組合設立の機運が全国的に盛り上がりつつある中で、加藤日麺連副理事長が北海道の設立について、そのキーマンの一人に小川原氏に期待し夢を託したともいえなくはない。
 それは、小川原氏を後日日麺連常任理事として処遇したことからもうかがうことができる。

 当時の小樽蕎麦商組合内では、「日本麺業組合連合会」の存在すら知るものはなく、当然日麺連に加入しているものは小川原氏を除いて皆無だった。
 わずかに、函館麺類業組合の一部がこれに関係し、昭和32年「巴屋・下町倉蔵」氏が常任理事の役職を得ていたに過ぎなかった。
 が、この頃函館の組合では地方の殻に閉じこもっていては広い世間から取り残されると10月、日麺連主催の全国そば祭りに参加し、「毎日一食そば・うどん」のスローガンを掲げ麺食普及に運動を始めていた。
 奇しくも、この小川原・下町両氏の所属した小樽・函館の組合が、後日環同組合設立に重要な役目を演じることになるわけで、環同組合設立の芽はこの頃息吹始めたといえる。

08-02、北麺飲組合の胎動

 以後、小川原氏は小樽蕎麦商組合の役員に就任すると同時に、終始日麺連の存在をアピールし、これへの加入を薦めたが、それが実現したのは10年後のことである。
 昭和42年春、日麺連から小樽蕎麦商組合にアメリカ合衆国小麦連合会・日麺連主催の
  「あたらしい麺類調理師講習会
の開催が持ちかけられ、札幌市か小樽市開催の要望が伝えられた。
 これが契機で、改めて日麺連の存在がクローズアップされ、小樽蕎麦商組合に日麺連加入の機運が醸成された。
 と同時に、上記講習会の開催を札幌が辞退することによって、小樽蕎麦商組合が前述の講習会開催を受諾し、始動を開始する。
 当然、この「新しい麺調理師講習会」開催が北海道における「環境衛生同業組合」設立を前提にしたものであることは明確であった。

 昭和42年青森県麺類業環境衛生同業組合長・黒沢氏より、6月6日の青森市で「第30回日麺連全国大会・全麺環連10周年記念大会」への小樽蕎麦商組合員の参加要請があり、森田組合長以下5名が出席する。
 この大会での、日麺連・鈴木正夫会長の挨拶と大会後の鈴木会長・加藤副会長との会談で、北海道麺類飲食業環境衛生同業組合設立の決議を請け、小樽からの出席者には今後の組合のあり方につき、新しい決意を抱かせることになる。

 その帰路、青函連絡船内では、
  ・函館麺飲食店組長「巴屋・下町倉蔵」氏、
  ・小樽蕎麦商組合長「一福・森田哲央」氏、
  ・小樽蕎麦商組合長副組合長「籔半・小川原昇」氏、
  ・札幌麺業組合長「三河屋・平野一三」氏

らによって麺類環境衛生同業組合設立の可否について激論が交わされた。
 このときは結論を得ないまま、同年秋の函館での日麺連・全麺環連北海道東北ブロック大会で再度協議する事で解散する。
 同年10月15日、函館での日麺連・全麺環連北海道東北ブロック大会にむけ小樽からも森田組合長以下10名が参加する。
 かくして昭和42年(1967)10月15日、第14回日麺連・全麺環連東北・北海道ブロック大会が函館湯ノ川グランドホテルで開催され、大会開催に先立つ理事会で、東北6県の理事長以下、北海道は、

■函館:函館麺飲食店組長「巴屋・下町倉蔵」氏、
            「やぶ源本店・小野源吾」氏、
■小樽:小樽蕎麦商組合長「一福・森田哲央」氏、
            「籔半・小川原昇」氏、
            「更科・加藤三郎」氏、
            「三マス支店・宮村一郎」氏
■札幌:札幌麺業組合長「三河屋・平野一三」氏、
    札幌食堂組合長「八天庵・村田義雄」氏
■旭川:旭川そば組合長「はま長本店・千葉力衛」氏

の各氏が集まり、理事長が議長となり北海道の麺類飲食業環境衛生同業組合設立に関する打ち合わせに入ったが、時間がなく具体案がならず、大会終了後、北海道地区全員が函館山観光を辞して残り、会議を続行するも、時間的制約で発起人会代表を選ぶにとどまり、ともかく小樽での
  「日麺連主催・新しい麺類調理師講習会」
で再度の確認をする事を決定した。
 小樽蕎麦商組合は、環境衛生同業組合の設立とそれをあらかじめ織り込んだ「日麺連主催・あたらしい麺類調理師講習会」の開催の同時並行という過酷な役割を担うことになる。

08-03、北麺飲組合の誕生

 すでに、昭和42年10月早々、小樽蕎麦商組合は一福・森田哲央組合長以下組合役員10数名が集まり、基礎的な準備にとりかかっていた。

 この講習会の対象は、勿論全道の蕎麦同業者であり、北海道に麺類業者の環境衛生同業組合設立の準備を絡めその実態の把握をつかまねば一歩も進ず、全道各地の同業者に講習会開催の案内状を出すにも出せないところからの、スタートであった。
 しかし、現実はどこからを手をつけるのかという暗中模索の状況で、札幌・旭川・函館などの大都市はいいとして、小さな市町村は組合組織はおろか業者名も不明のところが多く、まずは全道の商工会議所を通して組合名と代表者名を、各地の保健所を通し飲食店営業許可証をもとに業者名・組合名の調査を依頼し、各会議所・保健所からの返信をもとに
  「屋号・氏名」
を整え、改めて本道の麺類業者の名簿を作成した。
 しかし、この作業は文字通り難行苦行で、二重三重の手間取る作業の末、全道の個々の同業者に案内状を発送するに至るまでは、各役員が毎夜毎晩疲れた体にむち打ち、籔半・小川原氏宅に集まり、熱病にかかったようにやりきったのである。
 昭和42年10月26日、「新しい麺類調理師講習会」が小樽市民会館で華々しく開催された。
 何と全道各地から140名が受講生として参加をしたのである。
 講習会終了後、日麺連鈴木正夫会長同席の下、「北海道麺類飲食業環境衛生同業組合」設立について全道各地の代表のもと、協議がもたれた。
 その結果、

 ■札幌麺業組合長「三河屋・平野一三」氏を発起人代表、
とし
 ■小樽蕎麦商組合「一福・森田哲央」組合長、
         「籔半・小川原昇」氏、
 ■旭川そば組長「はま長・千葉力衛」氏、
 ■函館麺飲食店組長「巴屋・下町倉蔵」氏

を発起人と選任、難行をきわめた環境衛生同業組合設立は新局面を迎えるのであった。

 直ちに、全道77名の発起人の連名で
  「北海道麺類飲食業環境衛生同業組合設立趣意書
を作成、全道の同業者に発送、この時「「新しい麺類調理師講習会」のために作成した名簿が重要な役目を果たすことになる。
 かくして同年11月17日北海道経済センターにて「設立発起人会」を開催した。
 北海道庁からは、環境衛生課長が出席し、全ての議題を終了し、設立総会の日取りを決定する。

 年末という蕎麦業界の最繁忙期をひかえながら、札幌・函館・旭川・帯広・小樽等の発起人達は準備に忙殺され、その苦労が、
  昭和43年(1968)1月25日、札幌市ローヤルホテル
  「北海道麺類飲食業環境衛生同業組合設立総会
として華々しく開催されたのである。
 全道からの設立総会に出席をされた200余名の前で高らかに開会が宣せられ、札幌「百留屋・堀尾征四郎」氏、「坂本ひろしの店・坂本洋」両氏の司会、議長団は函館:函館麺飲食店組長「巴屋・下町倉蔵」氏、小樽蕎麦商組合長「一福・森田哲央」氏、札幌食堂組合長「八天庵・村田義雄」氏、旭川そば組合長「はま長本店・千葉力衛」氏の四氏、札幌麺業組合長「三河屋・平野一三」氏の挨拶、小樽蕎麦商組合「更科・加藤三郎」氏の経過報告説明がなされ、以下の執行部役員が選出された。

■顧問  :札幌・三河屋・平野一三氏、小樽・一福・森田鉄央氏
■理事長 :札幌・八天庵・村田義雄氏
■副理事長:函館・巴屋・下町倉蔵、小樽・籔半・小川原昇、旭川そ・はま長・千葉力、札幌・長瀬佐一
■専務理事:坂本 洋

の五氏が選出され、全道主要都市から常任理事が選出された。
  この時、小樽からは上記の他、

■常任理事:更科・加藤三郎、三マス支店・宮村二郎
■監事  :富士屋・藤井進一
■小樽支部長:森田哲央氏
■総代:三マス支店・宮村一郎、両國・小林幸雄、信濃屋・立花芳二氏、倶知安からは本間一哉、鈴木清、巳亦武夫、小林米吉

の各氏が選任され、決定する。

08-04、全道3番目の環境衛生同業組合

 これこそが、小樽支部創立の劇的場面でもあった。

 ここに初めて、小川原氏が昭和31年上京し、日麺連・加藤学副会長と出会い麺類環境衛生同業組合の北海道の地での創立を語り合って以来12年、日麺連本部や東北ブロック各県環境衛生同業組合の励ましをうけ、北海道各地の同業者、とりわけ函館・旭川・札幌の同志の協力によって、小樽蕎麦商組合・小樽麺友調理師会が重要な位置を占め、念願の北海道麺類飲食業環境衛生同業組合設立をみたのである。

 昭和43年3月29日北麺飲組合は正式に認可を受け、北海道では鮨商環境衛生同業組合、社交環境衛生同業組合についで3番目の環境衛生同業組合のなった。
 昭和49年、日麺連・全麺環連の全国大会を札幌に招致、全国から2000名をこす同業者が参集した。
 日麺連から加藤学副会長も来道、設立に奔走した下町、小野、村田、千葉、小川原氏等を含む北麺飲組合幹部と旧交を暖め、北麺飲組合の今あるのを喜び合った。

 以下、設立の苦闘に敬意を表し、全道の発起人77人のリストを「北海道麺類飲食業環境衛生同業組合設立趣意書」から抜粋し、以下に明記する。

01 札幌食堂組合 村田義雄 札幌市大通西4 株式会社八天庵
02 札幌食堂組合 山田定助 札幌市南4西2 山田屋食堂
03 札幌食堂組合 岡島四郎 札幌市南3西2 株式会社2丁目三共
04 札幌食堂組合 村山 勇 札幌市南4西4 株式会社中野
05 札幌食堂組合 福島宗一 札幌市南4西2 有限会社味楽
06 札幌食堂組合 大勝 正 札幌市北4西5 大勝食堂
07 札幌食堂組合 岡田友太郎 札幌市南2西6 株式会社ひばり食堂
08 札幌食堂組合 内山義雄 札幌市南3西3 株式会社天政
09 札幌食堂組合 遠藤 章 札幌市南1西3 三越食堂
10 札幌食堂組合 岡本正明 札幌市北2西1 株式会社不二家
11 札幌食堂組合 坂本 洋 札幌市南3西2 株式会社 坂本武の店
12 札幌食堂組合 青木利雄 札幌市南4西1 株式会社道議会食堂
13 札幌麺業組合 平野一三 札幌市南4西4 三河屋
14 札幌麺業組合 小野瀬憲一 札幌市北3西3 松雪庵
15 札幌麺業組合 高木 正 札幌市南2東7 春駒
16 札幌麺業組合 金田一君子 札幌市南2西2 マルキ本店
17 札幌飲食店組合 長瀬佐一 札幌市北3西3 朝日食堂
18 札幌飲食店組合 堀尾正四郎 札幌市南2西2 株式会社百留屋本店
19 札幌飲食店組合 渡辺孝四郎 札幌市北1西6 電電食堂
20 札幌飲食店組合 茂内献忠 札幌市
21 札幌飲食店組合 中川忠利 札幌市南3西3 株式会社たこ福
22 札幌飲食店組合 八木 実 札幌市南4西3 株式会社蛯天
23 札幌飲食店組合 神内繁義 札幌市真駒内本町17
24 札幌飲食店組合 村岡秀雄 札幌市菊水東町7
25 札幌飲食店組合 宮奥普雄 札幌市菊水西町1ノ1
26 札幌飲食店組合 鈴木良一 札幌市豊平3条2丁目 81-7378番
27 札幌飲食店組合 渡辺嘉一 札幌市月寒中央通
28 小樽蕎麦商組合 森田鉄男 小樽市色内町6ノ34
29 小樽蕎麦商組合 小川原 昇 小樽市稲穂町西6ノ9 株式会社籔半
30 小樽蕎麦商組合 加藤三郎 小樽市稲穂町東6ノ18 更科
31 小樽蕎麦商組合 宮村一郎 小樽市花園町東4ノ31 三マス支店
32 小樽蕎麦商組合 藤井進一 小樽市入舟町7ノ2 富士屋
33 函館麺飲食店組合 下町倉蔵 函館市若松町27 巴屋
34 函館麺飲食店組合 小野源吾 函館市栄町7ノ2 やぶ源本店
35 函館麺飲食店組合 五十嵐堅一 函館市宝来町22ノ6 味の江戸屋
36 函館麺飲食店組合 加藤昌市
37 函館麺飲食店組合 大山信太郎
38 室蘭 堀 輝綱 室蘭市輪西町1ノ35 小がねそば店
39 室蘭 堀野多茂太 室蘭市中央町2ノ3 芳川
40 苫小牧飲食店組合 山下 正 苫小牧市
41 苫小牧飲食店組合 田中富太郎 苫小牧市錦町68 第一洋食店
42 釧路 伊藤徳治 釧路市柏木町61 東家総本店
43 釧路 伊藤正司 釧路市北大通12ノ7 東家本店
44 根室 越後仁郎 根室市松ヶ枝町2 越後屋
45 根室 吉本芳子 根室市千島町 住よし
46 旭川市そば組合 千葉力衛 旭川市8ノ7
47 旭川市そば組合 今井 正 旭川市3ノ6 はま長本店
48 旭川市そば組合 松原正喜
49 旭川市そば組合 合田今太郎
50 旭川市そば組合 小山猛雄
51 北見市 杉野 巌 北見市北3西2 北明軒
52 網走市 三島忠治 網走市南3東1 三島屋
53 紋別市 田中富太郎 紋別市本町
54 士別市 内海偵安 士別市大通東7 一力そば店
55 留萌市麺業組合 阿部清晴 留萌市本町4
56 帯広市 根岸又造 帯広市西1南9ノ12 有金 時
57 千歳市 村田 季 千歳市錦町1 八天庵
58 砂川市 徳倉時雄 砂川市2条2丁目 中山そば店
59 歌志内市 田村清志 歌志内市中村市街59 田村
60 江別市
61 深川市 杉村食堂 深川市仲町
62 滝川市 真島幸次 滝川市大町181 株式会社大谷屋食堂
63 赤平市 高橋養蔵 赤平市436 まる長
64 美唄市 東家そば 美唄市駅前
65 三笠市 平田キクエ 三笠市幾春別 更科
66 岩見沢市 西谷正三 岩見沢市1ノ4 にしや
67 夕張市 藤島重吉 夕張市本町2ノ3 藤の家
68 名寄市 長沢保夫 名寄市 蜂屋食堂
69 余市町 本間一哉 余市町黒川町3 やまと食堂
70 富良野市 青崎繁男 富良野市朝日町6 三日月
71 芦別市 谷原文枝 芦別市北1東1 だるま
72 倶知安町 そば組合 己亦武夫 倶知安町北1西3
73 森町 太田 顕 森町御幸町58 太田屋
74 稚内市 松家そば支店   蔭町1丁目
75 同 田中栄子 稚内市仲通北5 たなか
76 岩内町 ボタン食堂 岩内駅前
77 同 鈴木 清 岩内町大和2ノ24 新来軒

の77名の諸氏である。

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