02.蕎麦屋の大いなる誤解を解く!芸達者な「天ぷら蕎麦」
TV取材は苦手だ。
先日も弊店の 「そば巣籠り」 や 「そばもやし」 がTVで紹介された。
気心の通じ合うTVマンやカメラクルーならいい。
が、いつも取材撮影が順調というわけにはいかない。
とりわけ、年端も行かないADなんていう、何がナンだかわからない肩書きのスタッフとの「やりとり」なんかが、一 番困る。
数年前、そんなTVクルーと大立ち回りがあって・・・!
発端は、某TVの若い女性ADが来店し、
「今度、札幌周辺の蕎麦屋さんの『天麩羅そば』に光をあてたいんです、
どうですか小樽・籔半さんの天麩羅蕎麦も紹介しますが?」
「あのねぇ、ウチの『天ぷら蕎麦』は別段目新しいもんじゃねぇ。
折角だが遠慮するわ。
まして天ぷらじゃあ、揚げる時から撮影すんだろ?
あんなぁ、板場なんかにカメラ入るのやなこった、
テメェのパンツの中を覗かれているみたいでな、やなこった。」
「・・・じゃあ、板場ではカメラ回しませんから・・・ 、
ネ、お願いしますよ、タイショォォ!」
ナンテ会話をしていて、つい断れなくなって、
「じゃあ、明日レポーターを連れて取材させてもらいます。ヨロシク。」
と、帰ってしまって。
しかし、 翌日・・・、昼の繁忙時間を過ぎてからという約束も全く反故にされ、まだお客様がいらっしゃるうちから、ドンドン撮影機材が持ち込まれ、こちとらは・・・次第に気分も機嫌も悪くなってくる。
そんな当方のことなどをしらん顔して、若い女性エーディ嬢が馴れ馴れしく、
「タイショォ、今日は有名なレポーターを連れてきましたからぁ。」
ナンテ、得意げに。
後で若い衆に聞くと、食通をウリにする最近売り出したタレントらしい。
こちとら、「野生の王国」や「NHKスペシャル」なら視る。
が、垂れ流し的好き勝手振る舞い番組や、若手タレント悪ふざけ番組など見ないから、タレントなど知るわけねぇ。
無理やり紹介・挨拶させられ、ウナジの髪の毛がサワサワ逆立ってくる。
「じゃぁ、一度リハをお願いしますぅぅ。」
なんて、他人の店で傍若無人に自分等の業界用語なんか、使ってくれる。
わざと、
「ロハなら散々使いまくって来た言葉だが、『リハ』ってなんだ?」
って顔すると、若いADは小ばかにした顔つきで
「タイショォォ、リハーサルっ! 練習、本番前の練習」
と囁いてくる。
タレント・レポーターはうつむき肩を震わせ笑いをこらえやがって。
まあ、出張ってきたタレントレポーターに恥かかせるのも大人げないと、思い直し、
「ナンでも勝手に言葉縮めるなや、 練習なら・・・、やるぞ!」
と、一声かけると、おもむろにボールに卵の黄身をおとし、水道水を注ぐ。
天ぷら粉を卵水におとし「衣」を造りにはいる。
「えぇぇ、 天麩羅の衣は氷水でとくんじゃないのぉぉ! 天ぷら粉はふるいにかけないのぉぉ? 」
と、突然横からタレント・レポーターが言ってくれる。
こういうのを
「蕎麦屋の湯桶」
野郎、 って蕎麦屋じゃいう。
そば湯の容器が「湯桶」てぇ名前で、注ぎ口が持ち手と直角についていることから、
「横から口出す奴、でしゃばり」
てぇ、一番馬鹿にしたもんだ。
あろうことかその「蕎麦屋の湯桶」野郎レポーターが、更に続けてくる。
「それじゃ、カラッと揚らないでしょうがぁぁ、有名な天麩羅屋じゃ、衣をとく水は前日から冷蔵庫に冷やしているのに!」
と、蘊蓄まで滔々と語ってくる。
「蕎麦屋の湯桶」野郎レポーターは、ディレクターやエーディを見回し、田舎の蕎麦屋に突っ込んでやったとばかり、得意満面得心の笑いを浮かべる。
一方、板場の若い衆は掛かっていた仕事から体を起こし、硬直させ仕事を中断している。
「ったく!
レポーターさんよ、あんたその天麩羅屋さんの水道水の水飲んでみたかい?
東京の塩素臭臭い、まずくて飲めない水道水と小樽の水と一緒にすんな! 鼠の死骸が浮くビルの貯水槽の水と、小樽の水を一緒にすんな!
東京のテナント入居の天麩羅屋の話と、小樽の旨い水を使う蕎麦屋をゴチャ混ぜにすんな。
レポーターさんの知っているテナントビル入居のその天麩羅屋の板長はな、そんな東京の酷い水道水だから、前日器に溜め、冷蔵庫で冷やし、塩素を抜くんだ。
そんな苦労して、天麩羅の衣の水をつくる。
小樽は、そんな酷い水道水じゃねんだ。」
と、「蕎麦屋の湯桶」野郎レポーターを睨み、スタッフにもわかったかとアイコンタクトし、
「レポーターさんにゃ、ご指摘ありがたいがな、
朝一で若い衆が、天ぷら粉は今日出る分を全部フルイにかけてるんでぇ!
こいつが、籔半のイツモノの仕方だぁ」
と一声あげ、まだ余裕を持って天ぷらを揚げ始める。
弊店の厨房主任が、
「冷蔵庫で水を冷やすのは、ただ冷やせばいいてぇだけじゃない。」
「また、冷えた水だから天麩羅がカラッと揚がるわけじゃない。」
「東京の水道水は、そりゃ旨くなく、塩素がめちゃ入っている。」
「そんな水で衣水をつくると当然不味い。」
「当然、前日から冷蔵庫で冷やしながら時間かけて塩素を抜くわけだからな。」
と、後輩の若い衆に小声で教えているのを耳にし、笑みが浮かぶ。
油の温度を見る。
丁度いい加減になって暖まってきている。
そこで、 取っておいた使い古しの天ぷら油を新しい天麩羅鍋の油に「色付け」に少し加え、適温になった頃合いで、「衣」につけた海老を天ぷら鍋にそっと落とす。
「衣」を周りに散らすように落とし、散った「衣」を海老のまわりに菜箸で引き寄せくっつける。
海老の「伸し方」がいいので、天ぷら白絞油の鍋の中で海老も曲がらない。
板場の若い衆の方に目をやり、笑顔をしてやる。
板長はホッとした表情を浮かべる。
が、性懲りもねぇ「蕎麦屋の湯桶」野郎タレント・レポーターが、蕎麦屋親父にやり込められて何とか立場を取り繕おうと、性懲りもなくココゾとばかりに、
「あはぁぁ、ケチって古い天ぷら油なんか足してるぅぅ。」
「あはは、そんなぁぁ、いやだなぁ、タイショー、海老を大きく見せようって算段なんかぁ!」
未だ、反省のない「蕎麦屋の湯桶」レポーターの、素っ頓狂な声が厨房に響き渡り、レポーターを睨む厨房主任を目で制し、「蕎麦屋の湯桶」レポーターなど無視し、
「使い古しの油と新しいのと混ぜて高温であげるんだ、蕎麦屋は!」
「新しい油だけだと油が尖ってまろやかに揚がらねぇんでな!」
「大きく見せるってか! お前さんのよなミーハー根性ならそうとしか見えんわな!」
と呟き、深く揚げたような色合いになった天ぷらを素早く鍋から上げ、油切りのバッドに置く。 と、またまた、
「えぇぇ、もおぉぉ、それじゃ海老も衣もまだレアでしょうがぁぁ!」
と、相変わらずの馴れ馴れしい調子で、何でも間延びさせる語りの「蕎麦屋の湯桶」レポーター。
うざったくなってき、ディレクターを睨むと顔を背けてくれる。
若い女性エーディが、
「あの、コホン、ちょっと打ち合わせしなおしましょうか?」
と、ディレクターと小声で話しあい始め、レポーターがその中に割って入り、なにやら語り合っている。
若い女性エーディが背中を押されるように、
「あの、タイショォ、今の視聴者は皆グルメなんですぅ」
「タイショー、ね、手抜きなんかしないでもっと真剣にね、ネ!やって下さいよぉぉ」
と猫なで声で言ってくる。
板場の若い衆が、硬直状態から絶対零度液体窒素漬け冷凍状態に激変する。
で、持っていたレードルを床に落としてしまう。
「カ〜〜〜ン」
と、金属音が戦闘開始のゴングのように板場に響き渡る。
「て、手抜きぃぃィィ!」
「おい! 誰に向かって言ってくれてんだぁ!」
と、眼鏡越しににらむこと数分。
若い女性エーディは、もう目に涙がうるうる状態。
調理場にいる全員が、立ち尽くす。
やっと「蕎麦屋の湯桶野郎レポーター」接待役しかしてこなかったディレクターが困り果てたか、
「タイショォ!天麩羅屋とは言わないまでも籔半サン自慢の天麩羅蕎麦でしょう? ちゃんと、もう一回たのみますよぉ。
これは、TVの取材なんだから全国の視聴者が視るんです!
でね、油はね、新しいものでね、お願いですよ。」
と、仲を取り持つようで全く取り持てない言葉を、馴れ馴れしい言葉遣いでしてくれる。
ウナジの天パの髪の毛がもう猛々しく総毛立ち状態の私に逆に睨み返され、怯み後ずさりしていく。
追いかけるように歩を進める私、それを助けようと涙目のエーディが間に入る。
健気ではある。
「で、タイショウ、次は?
アツアツの蕎麦つゆを張ったお蕎麦の上に、その海老天麩羅をジュウっと。」
と言ってき、すかさず私は、
「ン!ジュウっと・・・は、入れないんだわ、蕎麦屋は!」
ついにエーディの目から涙が頬を伝い落ち、
「ど、どうしてぇぇ?」
と、絶句。
もう、いい加減面倒くさくなってしまったが、最後の頑張りで、
「あんなぁ、天ぷらは少し冷ましておくの。
アツアツの揚げたての海老天入れたら、そりゃ確かにジュウって音がする。 TV写りは、そりゃいいかもしれん。
が、蕎麦つゆも天ぷらも両方熱いとな、油でな蕎麦ツユがはじけちゃう。 だから、わざと少し冷まさしながら、天ぷら油を切る。
天ぷら衣が蕎麦つゆ吸ってくんないと、旨くないの。」
「蕎麦屋の湯桶野郎レポーター」
はガックリ肩を落とし板場から客席に戻り、ディレクター共々力なく椅子に座りこむ。 女性エーディは、板場で両手に顔を埋め、若い衆に慰められている。 「あのナ、板場での撮影はしないって、約束だろうが!」
「おまえら、もう、いい、帰れ!
俺が頼んで取材にきてもらったんじゃねぇ。
板場に入らないって約束もまもらねぇの、お前らだ。」
すべては終わりました。
・・・ツマラナイ蘊蓄かぶれのタレントレポーターが原因で、とんだ顛末。
天ぷら蕎麦など、どんな蕎麦屋にもある定番メニューと嘗めてかかって、事前リサーチをせずにきたTVディレクターが、最大の犯人。
そもそも土俵がちがったことからくる。
蕎麦屋の土俵、
天麩羅屋の土俵、
TV画面写りだけがすべてのTVマンの土俵が、夫々違った事からくる。
弊店はじまって以来のTV取材追い返し事件の顛末てぇわけでございます。
上天ぷら蕎麦
で、そんなみっともない騒ぎがあってから、二週間が過ぎた頃。
客席にくだんの若い女性エーディが「天ぷら蕎麦」食べているのを、ふと見つける。 席に挨拶にいった。
可愛いだよね、あんな事あったのに、こういう風に来てくれる、と。
で、初めて蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」がなぜあんな揚げ方するかってぇ話をしてあげてしまった。
若い女性にはからっきしだらしねぇ。
「・・・、あんなエーディさんよ、良く聞けよ。」
「天ぷら蕎麦の旨さは、蕎麦に天ぷらの油が絡み、互いの良さを引き出しあうことがポイントなんだ。 蕎麦(麺)の中の僅かの脂分を「天ぷら」の油成
分が、誘い引き出すからそもそも旨い。
そのためには衣が「天麩羅屋」のように、薄くサクサクしてちゃ意味がない。
少し大きめの衣でなきゃならない。
第一、天麩羅屋のような薄い華の咲いた衣だと熱い蕎麦つゆの中ではすぐ衣は剥げてしまう。
海老天のストリップなんぞ見たかねぇだろうが。
でもな、油っこいのはもっといけねぇ、蕎麦やつゆの味が油で邪魔される。 程ってぇものがある。
揚げ置きして油を切らんとな、蕎麦つゆが天ぷらの油でギトギトになる。
舌に油の膜なんかできて、蕎麦の味なんかも分かんなくなっちゃあ、お終い。
高温で短時間で一気に揚げるてぇ、ナンデかてぇとな。
短時間だと揚げ色合いが仲々つかないから高温にわざとする。
で、それだけじゃ、駄目だってぇんで、使い古しの油を足して、色つけにする。
それに新しい油だと、味が尖っていけねぇ。
別にケチってやるわけじゃねぇ。ゴマ油でもいいんでぇ。
高温だから衣はってぇと、表面だけ固い揚げ加減になる。
それでアツアツの蕎麦つゆに負けない、早く溶けてモロモロにならんような、天ぷらに仕上がる。
わけのわからん、若い食通気取りが売りのタレント・レポーターは「それじゃ、レアだ」なんて蘊蓄ぶったが、衣が全部揚がっちゃこれもお終い。
そんな天ぷら揚げたら若い衆はけっ飛ばされる。
衣のな、生の部分が少し残っているてぇと、それが蕎麦つゆに溶けだし蕎麦自身の旨味も引きだす役をする。
芸達者なやつなんだ、「天ぷら蕎麦」は。
天麩羅盛り合わせ
蕎麦屋だって天麩羅屋に食いに行く。
で、華の咲いたサクサクの衣の天麩羅を堪能する。
が、そんなあっさりの天麩羅屋の天麩羅などをアツアツで蕎麦つゆに置いたら、見る間に蕎麦つゆに油がまわる。
ラーメンなら脂が浮いたのが売りかもしらん。
が、蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」は「蕎麦」の旨味を消しちゃなんねぇ、って分けなんで。 要は「天麩羅屋の天麩羅」 と「蕎麦屋の天ぷら蕎麦」 は全く次元が違う、似て非なるものなんでぇ。
蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」は、天麩羅という衣装を着た「演技もの」。
蕎麦屋は永年の経験で、わざとそういう「天ぷら蕎麦」を作ってきた。
素人っぽい演技をもわざと出来る芸人と、 素人そのものしか売りに出来ないタレントとの違いみたいなもんだわ。
あのタレント・レポーターさんは、まだわからんだろうがね。
そりゃ、お客様の中にもナンデおまえんとこの「天ぷら蕎麦」は棒揚げじゃねぇんだ、てぇおっしゃるお客様もいるし、アツアツじゃねぇって怒られる場合もある。 お客様に出す案配加減がちょっとズレテ、
「天麩羅盛り合わせ」
が冷めて出ちゃそりゃ怒られても仕方ねぇ、板場から謝りにいかにゃなんねぇ。
だがね、「天ぷら蕎麦」に関しては同じクレームつけられても謝りにはいかねぇ 。 そういうメニューなんだから。
勿論、蕎麦屋だって蕎麦屋酒の酒肴の「天麩羅」には、薄い衣の華の咲いた天麩羅を出す。
が、「天ぷら蕎麦」は違うわけで。
TVで、柳家小さん師匠の落語で蕎麦の食べ方を見たことあるかい?
小さん師匠は演題で蕎麦を食べるシーンの時には、大げさに蕎麦を手繰った
箸を頭より上に持ち上げ猪口にいれる演技をする、
そうした方が寄席の客の目にまるで蕎麦を食べている錯覚をつくらせる。
自分が食べる時はそんなことしないんでぇ。
みな、計算された、永年の蓄積に基づく演技・芸なんで。
蕎麦屋の「天ぷら蕎麦」も、本当に演技ものなんだ。」
と、ここまで話すとエーディ嬢にっこり笑って。
で、良く見りゃ、案外可愛い。
「コホン、お前さん感心だ、今夜呑みにいかねぇ・・・・」
と言ったところで、のれんをくぐって入ってきた、蕎麦屋親父がタックルかけりゃ腰がすぐ折れそうな、痩せた足の長い青年が、彼女の横に座り、 「蕎麦喰ったらさぁ、行っか?」
てぇ、声掛けしやがって。
「タイショ!『天ぷら蕎麦』おいしかったです。又、来ます、会社の人誘って!」 と、エーディ嬢はにっこり笑みを投げ出て行った。
ホールスタッフが腹を押さえて笑いを堪え、自分はというと客席で一人咳払いするだけの、情けない体たらく。
The END