03.蕎麦屋の大いなる誤解を解く!蕎麦屋なのに「丼物」があるなんて!

 ありゃ、ウェイトレスおぉっと、最近はなんかレスは使っちゃイケねぇんで。
 ホールスタッフがある日、血相変えて板場の前のカウンターに飛んできて、
「タイショォォ、もう許せません!」
 てぇ、今にも泣きそうな顔で訴えてきたと思いなせい。
 普段は、問題がおきるとすぐ女将にナンデモ報告し、すぐ対処するスタッフが、ただ事じゃない。
「どうした? 別れた男でも、未練たらしく店に来たか? ストーカーか?」   「ナニ言ってんですか!」
 と。
 聞くと、男女二人連れのお客様のオーダーを伺いにいって、連れの女性のお客様が品書き見ながら、  
「あらぁ、蕎麦屋なのに丼物あるのぉ?」
「一流の蕎麦屋さんのメニューって、お蕎麦だけなんじゃないのぉ?」
 てぇやられた、という始末。
 まあ、年に一人や二人は、こんな理解度や訳ありで嫌みを言われるお客様が来店される。
 最近やっかいなのは、ニューウェーブ蕎麦屋に汚染されたか、似非蕎麦通振りでメニュー数が少ないのが高級蕎麦屋だと勘違いされているお客様も現出してきている。
 ま、クレームなのか、訳ありなのかの判断は難しい。
 弊店ではラーメンはやっていない。
 が、蕎麦屋でラーメンをメニューに置くと、なにか蕎麦屋の「格」が下がるてぇ評価をしてくれる批評家もいる時代だ。
「丼物あるって、蕎麦屋じゃないでしょう?」
 てぇ、おっしゃるお客様がいたって、今の時代、何も可笑しかぁね。

 要は、「蕎麦を茹がく」釜と「ラーメン茹がく」釜をきっちり別に用意して、ラーメンはラーメン専用釜で茹がきゃ、別に問題はない。
 一つの釜で蕎麦もラーメンも茹がきゃ、そりゃどっちも旨くなくなるがね。
 ラーメンスープを盛る「レードル」も、蕎麦とラーメン一緒のもの使えば、蕎麦つゆにスープの脂が浮くてぇ始末になるから、お客様が呆れても仕方ない。
 その種の道具類もきっちりわけて使用すれば、いいだけの話。
 「もりラーメン」なんてメニューが、蕎麦屋にあったくらいだ。
 でも、昔はそんな道具類から湯がくお湯や釜を分けない蕎麦屋が大半だった。
 そんな時代がつい最近まであったし、今でもないわけじゃないがね。

「まあ、目くじらたてんな、そんな風に思っているお客様もいるってことだ。」
 と言ってやると、
「あら、タイショ、お客様を教育するのも私たちホールスタッフの大事な役割、っていつも言ってるのに、イインデスカ?」
 と来たもんだ。

 今度はホール主任を応対に行かせると、お客様が同じ事を聞いてきてオーダーをくれないと、同じく返り討ちにあって戻ってくる。

「そうか、そうなりゃ、女将の出番だろうが!」
 と、女将を睨む、と
「粋な和服のお客様」
「タイショの好きなタイプ、和服で髪をアップして粋な女性!」
 とカワサレル。

「ったく、モウ、お前等そんな質問にも答えられんのかぁ」

 と格好つけたものの、根は正直でもう前掛けを外していて、帳場から客席を覗くと、これがいい粋筋の・・・。

「ン! コホン! じゃあ、仕方ねぇな」
「俺が行って応対してくっから」  
「いいかぁ、俺の応対を耳の穴かっぽじいてよぉく聞いとけよ!」

 ナンテ格好つけて蔵座敷にむかう。
 ・・・・・  
「いらしゃいませ、弊店の主でございます。
 何かスタッフではお答えできないと聞きまして、お伺いいたしましたが?」
 と言うと間髪いれず、  
「一体どういう教育されてますの?」
「申し訳ございません、どのような失礼を?」
「失礼って、 もう!
 ナンデ蕎麦屋さんなのに丼物なんかメニューにしているのってお聞きしたの?
 ナンカがっかりだわ。
 メニューに丼物ある蕎麦屋さんに連れてこられるなんて!」
 と、連れの男性客に流し目をくれる。

 その連れの男性客はてぇと、これが渋い、いい男前のお客様で、
「イヤね、小樽に連れてってね。
 美味しい蕎麦屋さんでもいいから連れてって、と約束させられてね。
 で、小樽のお宅なら連れてきてもいい、と思ってね。」
「そりゃ、有り難うございます。」  
「という事は、丼物ある蕎麦屋はランクが下がるっていう事でしょうか?」
 と、そのちょいと化粧が濃い目の、夜の業界と見受ける女性のお客様に聞き返す。
「そおぉ、わざわざ札幌から、お寿司の町・小樽に連れてきてもらったのにぃぃ。」 と胸を張り、連れの男性にまた流し目を。

 ・・・ ハハァン、連れてきた渋い、いい男前の男性客が気が利かねぇんだ。
 小樽に行きたいてぇ事は、ハナか寿司屋が狙い。
 蕎麦屋てぇのは安心させるための手でしかない。
 それを察してやらないでいるんで、女性はフクレテルんで。

 原因がわかれば、解決したようなもの。

「札幌から、それはそれは。
 で、『オクサマ!』、つかぬ事お聞きしますが、札幌の鮨屋さんでは、お客様はどちらがお気に入りで?」

 急に笑みをもらした、くだんの女性は、
「ま、奥様なんてぇぇ、お寿司屋さんンン、そうね札幌では○○寿司や△△寿司、小樽では○○寿司かなぁ。」
 と、結構名高い鮨屋の名前をあげて頂く。
「そうですか、どちらも有名なお店ですなぁ。
 あの、私も今おっ しゃた寿司屋に伺った事ありますがね、
 どちらも天丼も鰻丼もメニ ューにおいてらっしゃいますがね。
 それで寿司屋さんとしてのランクは下がらんでしょう?」
「・・・、まぁ、あの、寿司屋さんの丼物と蕎麦屋さんの丼物とじゃぁねぇ」
「その・・ですね、寿司屋の丼物も、蕎麦屋の丼物もどちらも食材の『副産物』なんですがね。」
「ま! そんな寿司屋に失礼でしょう!
カツ丼など寿司屋さんでは、置いてないでしょ!」

 カツ丼・・・
来ました、 来てくれました、
カツ丼!
まってました!
言ってくれました!

「カツ丼!」と言ってくれた日にゃ黙ってられんのですわ。

「ちょっとね、膝くずさせてもらいます。
 オクサマ、そりゃ、寿司屋さんはメニューにしたくてもねぇ。
 カツ丼はね、メニューに出来ないンですよ 、鮨屋さんは!」

「ま、そんな、寿司屋さんを馬鹿にしてるんじゃない、それぇぇ!」

 と、女性客は身を乗りだしながら、睨みつけてくる。

 ・・・ いい女だぁ!
 ちょっと怒った顔がますます色っぽい! これでタチさえ良きゃ!

「鮨屋さんの板場はカツ丼ができないなんて、失礼じゃないですか?」
「まあまあ、何かお呑みになられながら、私の話をお聞き戴けます?」

 男性客は、渡りに船と自分にビールを、連れの女性は日本酒をオーダーする。

「最近はですね、鮨屋もカツ丼出すお店もないわけじゃありませんがね。昔からマットウな鮨屋は、カツ丼なんかメニューにせんのですわ。
 何故かってぇと、蕎麦屋の「蕎麦つゆ」にかなうおダシなど、寿司屋じゃ無理なンでぇ。
 お互い調理人だから、それを知っている ってぇわけですわ。
 だからといって、いい豚肉使えばカバー出来るってぇもんでもないんですよ。
 昔はね、蕎麦屋のカツ丼の肉てゃぁね、それは肉は薄く、それも固い「腿肉」しか使わんかったんです。
トンカツ屋のように、ヒレカツ肉なんぞをカツ丼に使っちゃ、これは旨くないんですね。
 ま、まあ、お聞きくださいな。
 なぜ固い腿、豚の腿肉使うかてぇと、実はこの「腿肉」が一番豚肉のなかでおダシがでるんでぇ。
 それでパン粉まぶして高温で一気に揚げ、さっと揚げる、 レア もうレア中のレア状態で、中の肉は生のままで仕上げるんです。
 レア、まあ、アメリカ人ならそんなレアで食べる方もいるかもしれませんがね、 日本人にゃ、これは無理。

 でね、もう超「レア」=ブルーレアな腿肉のカツを蕎麦つゆで煮る。
 と、蕎麦つゆに含まれる塩気に誘われましてね、レアな腿肉の中からコクのある肉汁が、蕎麦つゆん中に滲みだすわけですわ。
 このコクと旨味のある肉汁が、蕎麦つゆにしっとり混ざり合うわけですな。

 そう、旦那様と奥様、お客様のようにシットリとね。
 で、どんどん煮ていく。
 と、超「レア」腿肉カツからどんどん肉汁がほとばしり出て・・・、で、だいたい超レアな腿肉の塩気が蕎麦つゆの塩気より濃くなると、今度は逆に、蕎麦つゆが超レアな肉に吸い込まれていくてぇ、わけです。

 超レアが、ミディアムレアになっていくわけでぇ。
 もう、ここが、蕎麦屋のカツ丼の絶頂だぁね。
 ま、お客様のような『若い奥様』も学校で教そわったでしょうが・・
 ・・・ ン、ハイ、お酒追加で? アイヨ! お銚子一本追加ぁぁ!
 で、そう、「生物」の授業で習ったでしょうが。
 細胞の膜を隔てて、濃度の濃い方の細胞液が半透膜を通して薄い細胞液側に浸透する、・・・シントウアツ、そう、さすがですねぇ、旦那様はいい男のうえに、頭もいいときてる!
 その『浸透圧』てぇやつなんですな。
 私が学生の頃なんぞ、「生物」でならってもピンと来ませんでしたがね。
 ナンモ、自分ちの蕎麦屋のカツ丼の世界にそれがあったんですわ。
 レアなトンカツと蕎麦つゆが、燃えに燃えてエキスを吸ったり注いだり。
 うふ、色っぽいでしょう。

 腿肉と蕎麦つゆで、丁々発止とやるわけですな。
 その蕎麦つゆと超レアな肉の間のパン粉の衣はたまりませんな。
 揚げられたパン粉の衣は、コクのある旨味の肉汁とダシの利いた蕎麦つゆ、 そして敷かれた玉葱で甘さを加えられ、煮詰められる。
 情熱の炎で焼かれる快楽。
 いえ、すべての旨味で煮詰められる最高の贅沢を衣は味わう、わけですわ。
 いい旦那様に言い寄られた『オクサマ』のようなもんですわ、トンカツの衣は!

 ・・・エッ、私にもお酌していただけるんでぇ!
 宜しいんですか、ご馳走さまです!  
 お客様にゴチになるなんてぇ、ありがてぇ。
 このね・・・、カァァァ、いい酒だぁ!
 ぬる燗注文頂くなんて、嬉しい限りですわ。

 で、この浸透圧てぇ化学変化の塩梅をじっと見守って、頃合いだてんで、一切の化学変化を無理やり閉じ込めててやるのが・・ 溶き玉子でトジル、って最後の作業でしてね。
 まあなんですな、溶き卵が全ての旨味を封じ込めるわけですわ。
 この加減を制するのが蕎麦屋の「蕎麦つゆ」なんですな。」

 フー! ちょっと喋りすぎたですね。
 こりゃ、又、すみませんね、お客様のお酒を頂くなんて!
 エ? 何です?
 腿みたい固い肉じゃなく、上等のヒレ肉じゃ駄目かってんですか?。

「そりゃ、ねぇ、駄目なんですわ。
 昨今のグルメブームてぇ奴は、功罪がホントはっきりしてる。
 それも、最近は罪の方が目茶苦茶蔓延してますな。
「弊店のカツ丼は極上ヒレ肉を使用しております。」
 なんてお客様の優越感をちょっとくすぐって、それでもって客単価を上げようって根性見え見えの、ノボリなんか出すファミレスなんてぇのがあるんですな。
 ヒレ肉のカツ丼だす店なんか、その罪の最たるもんですな。
 こういう売上至上主義はね、いやですわ。
 大いなる誤解がね、飲食の世界に一杯あるんですわ。
 食材のいいの使えば旨くなるってぇ、お客様が満足する・・・なぁんて発想は、料理人じゃないんでね。
 グルメブームでね、若い料理人が、とんでもねぇ勘違いしてしまう。
 うちのカツ丼は極上の肉使っているから旨い、ナンテね。
 いい肉を使えばカツ丼ってぇメニューが旨くなるかてぇと、全く逆なんですな。
 いわゆるグルメブームてぇ奴で、料理と料理人が見直されるならいいんです。
 が、それまでね、 営々と調理人が重ねてきた苦労・工夫・蓄積・継承と料理人の調理方法を壊しまくってくれてるんですわ。
 いけねぇ、どんどん横道に。
 ヒレ肉は、トンカツとして食べるにはそりゃウメェですよ。
 でも、トンカツ屋でヒレ食べると分かりますが、 ありゃ、肉汁がすんごく少ないんですな。
 そんなヒレ肉を、分厚いカツ丼にするにゃ、 初っぱなから芯まで火通さにゃなんねぇ。
 てぇと、先程言った「浸透圧」てぇヤツで料理するこたぁ出来なくなる。

    ひも  
 蕎麦つゆの旨味、肉汁のコクと旨味がまったく絡み合わない、相互にいいとこを引き出しあわない「ヒレ肉塊丼」でしかねぇんですよ。
 ま、 離婚寸前の夫婦てぇやつみたいですな。
 離婚寸前に仲睦まじさを装う夫婦みてぇ、味気ねぇ奴ですわ。
 つまり、肉だけ豪華にしたってカツ丼は豪華にゃなんねぇんですな。
 ま、人間も上辺だけキレイにしたってね、タチがよくなきゃね。
 カツ丼も人間も同じなんですわ。

 おや、おや、私が話に夢中のうちに、こんなに蕎麦屋酒の酒肴をご注文頂いて! ありがとうございました。
 綺麗な『オクサマ』と蕎麦屋酒やっていただくのうれしいですがね。
 ねぇ、旦那さん! 折角こんな奇麗な『オクサマ』と小樽に来なさったんです
 から、 〆は鮨屋で締められては?
 エ? 私がイキツケの鮨屋ですか?
 ええ、紹介しましょう。
 籔半の蕎麦屋親爺から聞いてきたと言っていただけりゃ間違いねぇですよ、
『オクサマ』 !
 ハ!お名刺でございますか。ありがとうございます、 蕎麦屋が名刺てぇ柄じゃねぇですが私も。
 こりゃ、オクサマのお名刺もいただけるんですか?
 なんと、オクサマかとすっかり思ってましたら、あの有名なクラブ△△のママさんじゃありませんか?
 ススキノにいったら今度顔だしますわ。

 では、ごゆるりと。 」 


 ・・・意気揚々、板場に戻る。
 と、ホールスタッフがニコニコして、音がたたないように拍手し迎える。
「いいか、俺の話し方を聞いていたか?」
「ハイ、さすがタイショウです。」
「あたぼうよ!」
 と胸を張り、スタッフたちに、
「まあ、苦労してきたクラブのママだからわかって貰えたが、ワシらの蕎麦屋の世界をそんな簡単にわかっては貰えんわ。
 若いアンちゃん子のまま、調理の世界に入り、すぐ店長にさせられる、今のファミリーレストランの料理人に、わかって貰えるかねぇ。
 カツ丼だって始めは当たり前の肉使って始まったんだろうよ。
 でも、それじゃどうも旨くなかったんだな。
 で、色々考えて、肉を取っ換え引っ換え試し、どうやったらお客様に旨いといわせるかてんで、工夫し 、様々にテクつかって考案してな、今になったわけ。」  
 「天ぷら蕎麦」だって、天麩羅屋の「天麩羅」じゃだめで、蕎麦屋の「天 ぷら」だから旨いんでぇ。
 蕎麦屋のトンカツも天ぷらも、トンカツ屋や天麩羅屋からみれば 「紛い物」かもしんねぇ。
 が、この「紛い物」がお客さんを旨い、と言わせるんだかんな!
 まあ、そういう風に考えりゃ、紛いモン人生かもしれんわな、蕎麦屋は。

 だから蕎麦屋のオヤジは、偏屈てぇ、大いなる誤解をされちまう。
 俺みてぇ、根が素直な蕎麦屋でもな。 ・・・。」

 と、言い渡す。
 これ以上話が長くなると、と、スタッフはサッサと持ち場に帰り、女将がニコニコし、 「格好いいわ、根が素直なタイショウ!」
「アタボウよぉぉ!」
「そのあたぼうの、根が素直なタイショウ? 頂いたお名刺をくださいな。」
「ン、あいよ、ほら」
「あら、男性のお客様のだけ? なにか、タイショウの鼻の下延びてますよ!」
「わ、わかったよ、ホラ!」
「まあ、ススキノのクラブのママさんじゃありませんか!。」
「アナタ!」
「な、ナンダヨ! み、店じゃアナタじゃなく、タイショウだろうが!」
「ママさんのお名刺隠すなんて!」
「コホン! よ、よぉーし、じゃあ、午後の蕎麦打ちに入るかぁ!」
「アナタ!」
「じゃあ、板長、蕎麦打ちで壁にぶつかってる奴を寄こせ、教えたる!」
「もう、アナタ!」

 平和な籔半の一コマです。

 この項終わり