04.蕎麦屋の偽装表示ぃ!
イキナリ、TVでアナウンサーが、
「札幌のY1製粉がカナダ産ソバ粉混入ソバ粉を北海道産と偽装表示し販売!」
と大報道し、驚かされた!。
新聞各社もTV局もここぞとばかり全国ネットで!
そして、一ヶ月も経ないで今度は、
「札幌のY2製粉が中国産ソバ粉を混入」
と、これでもか的に報道される。
そして、「ソバ粉」報道では負けたがと、別の新聞が、
「小樽・朝里川温泉で温泉に水道水を使用」
と、今や旬は「偽装表示」とばかり、「暴露報道合戦」を展開してくれる。
TVカメラは温泉を背景に「二度と来ない」と怒る中高年女性を映し出す。
その場にいた温泉客の中で、もし、
「いえ、私はあまり温泉の効能など気にしませんから」
などと言おうものなら、取材のディレクターから睨まれ追い返され、おそらく編集では完全カットされただろう。(^o^)
勿論「偽装表示」そのものを弁護するわけではない。
毎日いやというほど報道されている。
まだまだ食品メーカーの情報公開は遅れている。
また中小零細な温泉ではどう情報公開するのかと入り口で躊躇するケースも多い事だろう。
しかし、新聞報道は「入り口」だけの論議で後のフォローは極めて少ない。
新聞TV各社の報道合戦のヒートアップが、購読者や視聴者に集団ヒステリー症候群化を煽る。
最近何度目かの温泉ブームで、やれ効能がやれ水質がと温泉オタクのようなギャルも出てきた。
あれは八十年代後半くらいだったろうか?
バブル崩壊後、若いOL達の間でにわかに湧きおこった温泉ブーム。
やれ日本文化の見直しだとか、温泉組合の永年の創意工夫が実ったのだなどと大層な評価をする温泉評論家も登場する始末に呆れたものだった。
しかし、バブルで急激に摂取した信仰にも近いブランド志向、キャリアウーマン志向、無意味なランクアップ志向にほとほと疲れたからこそ、彼女達は躊躇う事なく付きまとう男達を都会にさっさと置き去りにし、積年の「肩のこり」をほぐすためにその足取りを温泉に向けただけだった。
ファッション・ブランド信仰で培ったカタログ情報摂取能力で、他に何もカタログ的なもののない鄙びた温泉街では、温泉効能データをオタク的に摂取・吹聴する事以外に彼女達にやることはなかったのだ。(^o^)
さて私などは、そもそも効能など気にして温泉旅館やホテルはいったことは、無い。
その鄙びたムード、玄関での出迎え方、部屋へ通された時の挨拶とちょっとの気の利いたさりげない会話をしてくれる仲居さんの応対、料理への心遣い、それが日常の戦闘状態・緊張状態を解きほぐしてくれ、癒される。
温泉は、その旅館になくてはならないメニュウではあっても、効能や源泉の有無ではなく、トータルに温泉旅館に「来た」という実感を味あわせてくればいいのだ。
温泉にいくら素晴らしい効能があっても、風呂番やフロントや仲居さんの応対が不味ければ、癒し効果もへったくれもあったものではないし、温泉の効能など吹っ飛んでしまう。
朝食ナンゾが部屋食でなく、宿泊客全部がそろい踏み土俵入り的和食バイキングなどされたら、まるでベルトコンベァで処理されるブロイラー気分で、折角のそれまでの温泉気分・癒し効果も萎えるというものだ。
某旅行情報誌のアンケート調査がある。
「源泉100%でなければ温泉でない」という設問に、
「はい 」45.3%
「いいえ」52.9%
私と同じで、必ずしも源泉100%に拘っているわけじゃないわけだ。
当たり前の話だが、全て湯治目的のお客様じゃないということだ。
そもそも小樽の朝里川温泉郷は湯治目的より宴席目的、いまはやりの言葉で「レジャー浴」で昔から多くのお客様がこられていた、と思う。
小樽・朝里川温泉郷の今回のケースは、某温泉のように白くなる入浴剤をいれたわけでもない。
叉、抗がん剤などで体力を消耗するガン療法よりもと一縷の望みでラジウム温泉に湯治にこられるお客様を裏切って温泉に加水したなら大問題だろうが、そういう事態でもないのだ。
それは新・源泉掘削工事で貯湯槽に泥水が入ってのやむを得ない処置のケースとレジオネラ属菌発生対応でこれまたやむを得なく加水したケースであって、「安全・安心」措置である。
まるで100%水道水の温泉であったかの初期報道が流れたが、せいぜいのところ30〜50%の加水、それも各施設様々でおおきな貯油槽の温泉施設では、加水率は少なく済んだという。
ただ、そういう事態をお客様にアナウンスし表示する官民の情報公開への姿勢と、取材がきて情報を小出しにする自己防衛姿勢が、相も変わらず事態を一層大きくした。
一時はマイナス情報告知かもしれないが、長期的には安全安心措置をとったと誉められていい事が、そのような姿勢で大事になったという良くあるケースだ。
温泉経営者ではない蕎麦屋親爺としては、思うのは「温泉浴槽の換水頻度」であり、温泉旅館・ホテルのお客様満足度への姿勢であって、マスコミが騒ぐ源泉率(?)ではないのではないかと思わずにはいられない。
さてソバ粉「偽装」表示である。
温泉の水質や効能などさておいて「温泉気分をトータルに満喫する」という楽しみ方が温泉の世界にあり、そして蕎麦の世界では「旨い」かどうかという世界がある。
そう、 我々の世界には「旨いかどうか」というのが一番である。
とりわけ蕎麦は、8〜9割が原材料のソバ粉の質にその「旨さ」を負うが、残り1〜2割がそば技術であり、そば職人のウデの世界になる。
旨い蕎麦を作るためには、調理の世界でブレンドは当然でてくる。
「旨さ」を引き出すためブレンドする事に我々は何の躊躇もない。
そばつゆなどは鰹節も醤油もブレンドの塊とも言える。
そもそも「ブレンド」自体に問題は一ミリもない。
今回の報道で、ブレンドそのものが「悪」という風潮になるのが一番困る。
問題は「旨さ」でもある。
かつて「ポストハーベスト小麦」がマスコミによく登場した。
「ポストハーベスト小麦」の「ポスト」は「後」、「ハーベスト」は「収穫」を意味し、収穫後に農薬を散布された「小麦」をそう言う。
日本で「ポストハーベスト農薬」は認められていないが、諸外国では、農産物を長期保管する目的で、また輸送中の害虫やカビなどの発生による品質低下を防ぐため、広くその使用が認められていた。
この「ポストハーベスト農薬」は収穫前に散布する農薬と比べて農産物に残留しやすいために、一部の輸入農産物から検出した報告が各地で出た。
ご招致の通り、うどんの原材料は小麦だ。
このポストハーベスト小麦を原材料にした「うどん」は、体に危険だということでマスコミが報道し、エプロンかけたおばさん達が立ち上がった。
で、あるTV局がポストハーベスト小麦とそうでない小麦でうどんをつくり、小麦の種類を秘して番組参加者に食べさせ「旨さ」でどのうどんが良いかを問い、結果はなんと七〜八割がポストハーベスト小麦で打ったうどんだったという結末の番組があった。
だから、ポストハーベスト小麦がいい、それを使って構わない、と言っているのではない。
ここで言いたいのは、人の「旨さ」を感じる感覚は、そういう場合が往々にしてあるという事だ。
原材料の質だけで全てを語ると、そういう危険性があるのだ。
ラーメンもそうだ。
「鹹水(カンスイ)」というのがある。
”来ぬ人を松帆の浦のなぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ”
と、万葉集のなかでもうたわれた「藻塩」。
この「藻塩」は、塩の古代の製法だった。
ホンダワラという海藻(玉藻)を海水に浸し、天日で乾かし、これを繰り返し7〜8回行い、沸騰した海水を掛けると「カン水」ができる。
更に煮詰めるとヨード分が豊富でまろやかな味わいの塩ができる。
かつてはこの「カン水」がラーメンの麺には必要不可欠だった。
中華麺の主材料となる強力粉をこねる際、コシや歯ごたえを与えるのだ。
カン水は本来シコシコ感を得るために入れたが、その結果元々白い小麦粉を黄色く色づけさせてしまう効果もあって、中華麺は黄色いという現在の常識になった。
小麦を単に水で練った麺は熱を加えると一応は固まるものの、実際に食べたときシコシコとした食感は得られない。
しかし、塩を使用すれば効果はあるが、塩の場合当然麺が塩辛くなってしまう。
それで麺にコシを出すため中華の先達達は「カン水」を使用する方法を編み出したわけだ。
炭酸カルシウム、炭酸ナトリウムなどを主成分としたアルカリ性のソーダ水で、そのソーダ分が小麦粉のグルテンと反応してシコシコ感が得られる、ところが、昭和四十年代、なにせソーダ水だということで、この「カン水」が体に良くないとやり玉にあがって、一切使ってはならない風潮が出来た。
そんな事におかまいなく、この「カン水」で作った麺のシコシコ感が忘れられなく、弊店では禁止になっても数年はスタッフだけが食する「自家消費」なら問題ないとばかり、「カン水」入りのラーメンをつくりスタッフはその「旨さ」に涙して食べたものだった。
つまり、「旨さ」にはかなわない、というわけだ。
さて、弊店はY1社とは取引がないが、Y2社とは取引がある。
Y2社との付き合いは長い。
永年の取引先だが、今回の問題に関してはY2社は完全に間違った行為をしてしまった。計算外の道産ソバ粉不足に直面し窮余の策的につい走ってしまったのだろうが、理由にならない。
二度とこんな事態を引き起こさぬよう弊店も厳重に注意をした。
製粉会社とそば屋は運命共同体なのを忘れては困る。
しかし、よく調べるとY1社のケースは少々事情が違う。
良心的な経営姿勢と高品質のソバ粉で評価を得ていた道内で有数の製粉会社である。
あの蕎麦愛好家では伝説的名人・高橋邦弘氏もこの会社を贔屓にされており、ソバ粉問題では新聞紙面で厳しいコメントをされていたから、氏も寝耳に水だったのだろう。
が、Y1社は今ではなかなか栽培されないが、大変蕎麦屋業界や蕎麦打ち愛好家から評価の高いソバの品種である「ボタン種」をカナダの農家に持ち込み、契約栽培させ、それを輸入して混入させた。
ブレンドである。
「純粋百%北海道で栽培されたソバを製粉したソバ粉」でないのは、確かにそうだ。
だが、これには、ソバ製粉・ソバブレンドという「旨さ」を追求する世界が背景にあったのだ。
それは次回に譲ろう、乞うご期待!
で、その新聞TV報道を見終え、明日から
「おめぇんとこのソバ粉、札幌のY1製粉のソバ粉じゃねぇのか?」
と、ホールスタッフに席に着くなり言いだすお客が現れるかと思う。
と・・・滅入ってしまう。
一億総評論家ムードにはつくづく愛想がつきる。
ま、女将から愛想つかれている蕎麦屋親爺も、いないわけではないが・・。
で、「来るかな?」って予想していたら数日後本当に!。
四〇代初めの紳士風、蔵座敷にあがって、冷酒と板わさを注文されて、いきなりホールスタッフに、
「オタクの地物粉麺のソバ粉の仕入れ先は札幌のY1製粉かな?」
TV・新聞報道があってホールスタッフにきっちり事前確認をしておいたので、わがホールスタッフは、
「いいえ、当店は江丹別から直送のソバ粉を使用しておりますのでご安心ください。」
と、しっかりお答えしたところ、
「じゃあ、なんという名前の製粉会社なの?」
ここでホールスタッフは、そのお客様に挨拶をし、席を離れ女将に報告。
ホールスタッフから報告を受けた女将はどう、どこまで応えていいものかと思案し、板場に来て、私に告げる。
「タクランケ! そんなこたぁ、自分で判断せやぁ!」
「だめ!ここは大将の出番です、私が応えて後からナンデそんな応え方したんだ、と怒られたくないんですもの。」
「ったく! 普段やってるミーティングの世界だろうがぁ!」
とは言ったものの、数日前までヘルニアで四週間起き上がれず寝たままで、すっかり髪結いの亭主気分を味合わせてもらった手前、いつものように強くは出られず、
「ったく!よぉ〜く、耳の穴かっほじいて聞けよぉ!」
と蔵座敷のくだんのお客様のところへ。
「いらっしゃいませ、何かスタッフではキチンとご説明する自信がないということで、店主の私でよければとお邪魔致しました。」
「それは、それは、ご店主自らとは、恐縮です。」
「いえいえ、できる範囲でしかお答えできないのはお許しください。」
で、早速お客様は冷酒をあおり、本題を出してくる。
「オタクの地物粉麺のソバ粉の仕入れ先は札幌のY1製粉かな?」
「いえ、私どもの地物粉麺のソバ粉は、江丹別から直で納品されます。」
「うん、ウェイトレスさんもそういっていたね、なんという江丹別の製粉会社?」
「何かご不信でも?」
「いやね、札幌の製粉会社で偽装表示あったでしょう、でね、口頭で道内産と言われてもね、信用出来ない時代だな、と。」
「ごもっともですわ。私等も本当困り果ててます。」
「で、なんという製粉会社なの?」
「言えません。」
お客様は盃を持ったままぼう然と、
「ナ、ナンデ!」
「お客様のご年齢ですから世の中の仕組みをわかっていただけますよね。ですから、安心してお話させてもらいます。
さて仕入れルートは今や私どもの商売の極秘中の極秘です。
命と言っていいです。それをたとえお客様とはいえ言うわけにはまいりません。」
「では、お客にどう納得しろ、というのですか?」
「私どもを信じて頂きたいものです。」
「あはは、信じられないからこう聞いている。」
「ですね。」
「ですねって、アナタ!!」
「私どもの蕎麦屋の全国組織・日本麺類業団体連合会傘下の蕎麦屋百軒が共同出資し江丹別の畑を共有し現地に農協さんと一緒になって製粉工場も作って、そこから毎日納品されるソバ粉です。 これ以上は、信用していただくより他にありませんわ。」
「ほう、そこまで言うならそれを証明する伝票などあるのでしょう?」
「勿論、あります。」
「それをみせてくれると・・」
ここら辺が話の限界だと思い、
「はぁぁ〜い、蔵座敷お客様お帰りで〜〜す。」
と、店内へ自慢の美声を流す。
「ア、ア、アナタ、なんですか? 帰れというんですか?」
と、気色ばって立ち上がられる。
「お客様のおっしゃる事、お気持ちは理解できなくはありませんが、矛盾されてます。
お客様の希望を適えるには、トレーサーシステムといって、ソバ粉が何処の産地のものでどういう中間業者を経て最終的に弊店に納品されたか、というのがわかるシステムが必要です。
例の狂牛病・BSEって奴で見直されているシステムです。
が、ソバ粉の世界ではそれが今、ソバ製粉組合業界でも検討されている最中です。 そうなれば堂々とお見せしますがね。」
「じゃあ、どうやっても証明しないわけ?」
「製粉会社がソバ粉の中に外国産混ぜているか否かなんて納品書じゃわかるわけないでしょうが。 最終的には『生産者・販売元・蕎麦屋の良心』しかないんです。またどんな厳格なトレーサー・システムを導入しても、大阪であった事件のように故意に混入や取り換えしようする人間がいれば出来ないことはないのです。
帳票や伝票を見て安心するなんて事やめられた方がいいです。ご自分の舌、味覚で判断されませんと。」
「じゃ、オタクはどうやっても証明するつもりないんですね、ひどい店だ、もう来ないから。
「お店を選ぶ権利はお客様の方にございます。申し訳ございません。」
・・・蔵戸前の板の間を音を立ててお客様はお帰りになられる。
憤然と帰られ、ホールスタッフの「ありがとうございました」という声が虚しく響く。
女将を睨み、ため息まじりに調理場に向かう。
・・・調理場のスタッフが塩の入った壜を持って待っている。
「なんだぁ? 俺に塩かける気か、ナメクジじゃねぇゾ!」
「いえ、大将の事だから、玄関に塩まけっていうかと!」
「馬鹿もん、お客様がわるいんじゃねぇ、生産地と粉屋と蕎麦屋のさぼりがお客様に不安がられているってぇことだ。」
「オメェ達もソバ粉を見る目をしっかり作らにゃな。」
「勢いでこうなったが、お客様を怒らせて帰らせるなんて俺としたことが!最悪だ!」
膨大なテレビでのコマーシャル、朝刊の厚さより量のおおいチラシ、店頭に立てられる「○○産鮮度抜群活××」なんて広告が乱れ飛んでいる時代、今更店頭表示やチラシ広告が本当だナンテ誰が信じているのか、と問わずにはいられない。
雪印しかり、牛肉しかり、鳥肉しかり、三菱自動車しかり、今回の製粉会社しかり。大阪では販売元が高価な野菜を安価な野菜に入れ替え、包装は高価な産地の包装をつかう事件が、完全な確信犯だ。
スーパーや通販などのチラシの偽装問題点を論っても、所詮自己陶酔ヒステリーでしかないと憂鬱になる。
蕎麦屋の世界も然り。
ただ、生産体制・生産量を知っていれば、翩翻と店頭にはためく「○○産蕎麥粉使用」などというノボリを出す蕎麦屋の数の多い事をからも、テンから信用などそもそもしないだろう。
ソバ粉の全国の年間消費量の80%は外国からの輸入であって、国産のソバ粉は年間消費量の20%しか生産されていないのに、大都市を歩くと「国産ソバ粉使用」と謳う蕎麦屋の多さに恥ずかしくなる。
こういうノボリを臆面もなく店頭に掲げる店主がいる。
自分で自分の首締めている。
一方、蕎麦を食していただくお客様にも少々問題がないわけではない。
たまたま女将と久しぶりに買い物に出て、多店舗展開される「ゴマ蕎麦」を売りにされる蕎麦屋に勉強にと、入った。
が、食べてみてソバ粉対小麦粉混合率がどうやっても同割以下(50%:50%)、ソバ粉がおよそ四割くらいしか使用されていないズル蕎麦(ズルイ蕎麦ではない、小麦つなぎ粉の多い蕎麦は喉越しがズルズルして、業界はズル玉、ズル蕎麦という)で、女将が小首をかしげ私を見、私は笑みを浮かべ返した。
と、その私たち夫婦の横を通り、中年の先客が帰り際にホールスタッフに
「オタクは道産物の黒いソバ粉を使ったしっかりした蕎麦で大変よろしい、感心だ」
と会計されていった。
「ゴマ蕎麦」のゴマの色にすっかり翻弄されてしまったわけだ。
我々夫婦も、なんとか食べ終わり、会計をすませ店をでる。
歩きながら、
「勉強になったか」
「はい、オーダーを伺うのに横向きながらハイでした。」
「多店舗展開の店で『ホスピタリティ』を要求すんな。スタッフを常時そろえるだけでも大変なんだから。で、蕎麦どうだった。」
「勉強にはなりますが、でもあのお客様は・・。」
「まだ、一般のお客様の蕎麦の知識はあんなもんだ。」
「女性旅行雑誌の読者ランクでもいい評価じゃないですか?」
「ははは、ダナ! 多店舗展開の蕎麦屋さんにこれまでの古い蕎麦業界は助かっているんだ。 若い娘さんが蕎麦屋にくるようにしてくれた功績はな。だから、彼らだって蕎麦屋仲間なんだ。 経営スタイルやネーミングや店内ディスプレィなんか、洗練されてて勉強になるしな。」
「・・・アナタ、悔しくないんですか?」
「ナンモ! 多店舗展開の蕎麦屋の良いところ、得意なところはどんどんもらっちゃって何悪い? それをチェーンの蕎麦屋は本当の蕎麦屋じゃねぇナンテ言って粋がっている古い蕎麦屋の方が勉強不足でおいてけぼりになる。」
「若い娘さんがな、そういうチェーン展開の蕎麦屋にいくのわかる。 そもそも、地域から出てきてな、札幌みたいな町で、すっかり都会人になろうと背伸ばそうとしてな頑張るわけだ。
そんな若い女性は、内装がファッショナブルで、綺麗なサンプルケースで判断し、メニュウのネーミングに錯覚し、見てくれというか格好から入る。
それにリーズナブルなセットメニュウなら最高ってな。
そんな対象でしかないんだ、大都市中心街の会社に勤務するOLにとっての蕎麦屋は。でも蕎麦屋に来て頂けるからいい、と思えばな。
ま、セットメニューに慣らされ『せいろとライス』なんて俺達にゃ信じられんオーダーをされるようになるがな。
多店舗展開の蕎麦屋としっかり伝統の味を守る個店の蕎麦屋とそれぞれの良さをみとめにゃな。 多店舗展開の蕎麦屋と伝統的な個店の蕎麦屋が互いの欠点をあげつらい合っても一ミリも意味ねぇ。」
「でも、あの蕎麦で・・七三って唱って・・。」
「フフフ、多店舗展開の店の宿命だ、チェーンが店舗展開を止めたら寿命は終わりだし、多店舗展開して業績をのばさにゃならん競争の激しい世界。
とても同割ぐらいか、それ以下でなきゃ、チェーン同士の競争にはやっていけず、でもって、つい突っ張って七三なんて表示してしまう。
昔のどこかのてづくり硝子って表示と同じだわ。」
「そんなこと大きな声で言っちゃだめです。でも、これじゃY1さんの偽装表示どころじゃ・・・・」
「だから、日本麺類業団体連合会が『標準営業約款』という制度で組合員と契約し、
●ソバ粉対小麦粉=7:3以上
●そばつゆは自家製
でなきゃ、蕎麦でない、蕎麦屋でないっていうルールづくりに次年度からはいるんだ。
●《ソバ粉の原産地表示》
は義務化されていないって事で、残念だが見送りになったがな。製粉業界がお客様の顏を見てないんだ、まだ。」
「まあ、それならさっきのお店は?」
「ま、あの蕎麦だから高い利益率があり、だから目が飛び出る額のテナント料をだしても大型集客施設に出店もできるだろうしな。 マジに七三にすると利益率は激減するし、大変だわ。」
「大変ですね。」
「ま、お客さんも自己満足されているんだから文句いえねぇ。
たとえソバ粉三割の蕎麦でもその三割に道内産ソバ粉を混ぜて使ってりゃ、道内産蕎麦って打ち出したってかまいやしねぇって世界だわ。
お客様がゴマの色で勝手に黒いから道産ソバ粉だなんて誤解されても、そりゃお客さんの勝手だわな。可愛いもんだ。」
「そんな事あり、なんですね。」
「うん、戦後食料難の時代をずぅぅと引きずっている。 その頃制定された食管法で『ソバ粉3:小麦粉7』なら蕎麦と表示していいってぇ法律がまだあるくらいだ、製麺業界では常識で、まだまだありの世界だわな。」
「そんなぁ」
「こういう時に『自己責任』てぇ言葉を本当は使うべきなんだ。
ゴマで着色されてるだけなのに勝手に『地物の黒い蕎麦で旨い』って思っていらっしゃるんだからな、さっきのお客様は。 それは『自己責任』だな、俺からすっと。」
「なんか悲しいわ。」
「逆だな」
「エッ?」
「だから一軒一軒の個店の蕎麦屋の存在意味がある。これが七三の蕎麦だってな、気張ってお客様に出せばいい。外1(10対1)どうだ!ってな。そういう店をつづけりゃ、多店舗展開の蕎麦屋と差別化できてお客様も次第に判って頂ける。」
「ふう〜ん!そう、ですね。」
「さっきのような蕎麦屋もあるから、しっかりした七三以上の蕎麦をうつ、事業規模は小さくても頑張るこざっぱりして粋で隠れ家みたい蕎麦屋が、これから一層際立つ時代になったと思わんか?
多店舗展開の蕎麦屋は我々みたい個店の蕎麦屋の潜在的なお客様を拡大生産してくれているんだ、アリガタイ話だ。」
「そう、ですねぇ、何か気の毒になってきます。」
「しかしな、スタッフも成長するし、お客様も成長される。
スタッフが自信をもって誇れる蕎麦を提供しないで店の成長なんて問題外で、スタッフの定着率は悪くなる。定着率が悪くなりゃ、新人ばかりでメニュウの説明ナンゾまともに出来なくなる、で、勿論店主の想いなんてお客様に伝えられず、ホスピタリティは向上するどころか維持できない。
ま、新人ばかりだと人件費は確かに楽だわ。
で、スタッフは給料支払い対象の数字、お客様はレジを通過する対象数字、総じて数字としてしか人を見なくなる。
人を人として見なくなる危険と誘惑が、チェーン展開の飲食業にはつきまとう。」
「はい、わかりました、タイショウの言いたいこと!」
「ほう、物判りいいな、今日のお前は。」
「だってお話、長くなるんですものぉぉ! 折角二人でお買い物よぉ」
「ったく!」
折角乗ってきた話の腰折られ、パイポを噛んで話をやめる。
「う〜〜ん、でも私もアナタも『自己責任』なのね?」
「うん? アナタぁって昼間から鼻ならすな! それに俺達の『自己責任』てぇぇ?」
「私の場合、あなたを旦那にと決めた『自己責任』んん!」
パイポを落とそうになり、あわてて周囲を見渡す。
「・・・・その『自己責任』の罪は重いなぁ。
情状酌量の余地はからっきしねぇし、時効も仮釈放もねぇ、終身刑だわ。」
と、小樽の街じゃ腕組まねぇ女房が、人前ですり寄って、腕組んできやがった。(^^)
この項、続く!
The END