06.地産地消なんて!「あおやき」編

 2月11日から開催された「2005小樽・雪あかりの路7」。
 7回目にして 立ちあげた頃の実行委を知らない三代目の事務局長・事務局次長の時代になった。
 立ちあげた第一回目は取材に来て頂こうとTV各社に頭を下げて挨拶回りをしたものだったが変われば代わるもの、オープニング・セレモニーはTV各社のカメラの砲列。
 冬ソナ監督ユン・ソクホ氏の来樽サイン会では、監督が大変シャイな人でそれを気遣い、新事務局長がTVカメラマンが睨むのも意に介さず報道規制をするほど。
 わずか七年とはいえ、時の流れをシミジミ感じる。
 が、これまで様々な形で雪あかりの路を支援して頂いた市民・団体・会社は変わらない事だけは肝に銘じてもらいたいと思う。

 開催三日目の13日、韓国・オーストラリアからきた50名の若いボランティアの歓迎交流会が、宿泊している朝里のペンションのオートキャンプ場で、それも零下8度の「屋外」でジンギスカンパーティで開催。
 雪あかりの路実行委スタッフは元気だから午後10時までの雪あかりの路の作業を終えても100名以上が参加。
 私ども「年寄り」は限界で、二時間で撤収。
 嬉しい事に小樽の歯科医師会の有志の先生が浄財を募り、海外ボランティアに日本の食文化をと弊店の蕎麦をたべさせたいと言って来てくれ、50名の海外ボランティアを二班にわけご馳走する事ができた。
 本当の民間国際交流が「雪あかりの路」にある。

 ・・・そんな雪あかりの路の最中に「事件」はおきた。

 TVHでリクルートじゃらん北海道が提供する「旅コミ北海道 じゃらんde GO!」が、雪あかりの路の開催二日目の2月12日に「明日は『小樽・雪あかりの路』へ行こう」というコンセプトで「小樽&朝里川温泉日帰りグルメドライブ」と題し、番組を放映してくれると連絡が入ったのは二月初旬だった。
 小樽の様々なお店を紹介頂き、その取材が弊店でもあり、紹介を頂くことになった。
 で、放映された2月13日の午後7時過ぎ。
 弊店は雪あかりの路へこれから行かれるお客様、会場から冷えた体でご来店頂くお客
様でごった返しの戦争状態で、生憎その番組がある事も失念し、お客様のオーダーを
 少しでも早く出そうと板場で陣頭指揮していると、帳場から

「TV番組のことでお客様からお怒りの電話が」

と、受話器を渡された。
天麩羅を揚げながらお話を承った。

「一体全体、1400円(正式には1,417円)の蕎麦とはナニゴトですか!」
「私は小樽のまちが大好きです。ですが、寿司屋の価格の高いのには少々疑問。」
「小樽観光の来訪者数にアグラをかいた金額設定で、こういう商売をしているとお客様は小樽から離れていく。」
「今番組をみたが、普通蕎麦屋の天ぷら蕎麦は700円から800円なのに、1400円の蕎麦とは、寿司屋と同じような商売姿勢としか見れない。」

 というお電話だった。
 こういうお電話をわざわざ頂く、本当にありがたい。
 まして弊店の問題だけではなく、小樽ファンで小樽観光を気づかって頂くお電話で、もう嬉しい限りだ。
 まだ自分自身TV番組を見ていないので、録画した方から見せてもらった上で、ホームページできちんと応答する、とそのお客様に約束をし、電話を終えた。

 あれは、2月2日だった。
 番組制作のディレクターが、

「タイショー、小樽らしい、冬の温かい『お蕎麦』で、タイショーは後志広域観光を頑張っておられますから、後志のこれはって食材使った蕎麦屋の地産地消のメニュウってありませんか?」
「また、『地産地消』かい? お前らはすぐ流行のタイコですぐコピーとして気安く地産地消を使いたがるが、やる方はとんでもなく大変なのわかってっか?」
「そ、そう言わないで。」
「お品書きの最初に、海の食材使ったお蕎麦があるがね。」
「ほおぉぉ。ありますねぇ、『あられそば』、『帆立あられそば』、『雲丹とじそば』、『牡蛎そば』、『蝦夷そば』、海のシリーズってわけですね。 いいじゃないですか! 雪あかりの路で冷えた体を暖める、海のある小樽らしい温かいお蕎麦、最高です、画(え)になります。 で、タイショー、この雲丹トジそばてぇのは?」
「うぅ〜ん、お寿司とちがってな、生雲丹ではダシの利きが悪いから、ダシがよくでる『蒸し雲丹』を使っているからな。その辺TV見られたお客様が生雲丹のイメージでこられるとな、ぐちゃぐちゃするな。」
「なるほど、あえておダシを引き出すためにムシ雲丹なんですねぇ。で、この『あられそば』って、私初めて聞くお蕎麦です。」
「ウン、これはな、きばってメニュウにしたお蕎麦。」

「ほう? タイショーがきばってメニュウにした、それ面白い。」
「うん、『あられ』は東京では寿司ネタに切っては切れないし、蕎麦屋でも昔からなくてはならない食材をだな、使ったお蕎麦だ。」
「へぇぇ、一体『あられ』って何なんですか?」
「そうだな、お前さんのような若者、潮干狩りなんかしたことあるかい?」
「潮干狩り? いぇぇ、あまり。」
「だろうなぁ、あのなアサリ、ハマグリなんて潮干狩りで採るの、話には聞いているだろう?」
「はい、それは」
「バカ貝なんて名前の貝は知ってるか?」
「なんか、聞いたことあります。」
「ほう、そうかい、うん、二枚貝でな、北海道沿岸でも採れる、小樽の子供は昔は良く塩谷海岸や蘭島海岸でな、採ったものさ。」
「あのぉぉ、『あられ』そばの話が『バカ貝』に・・・?」
「お前さんバカかい? だからその『あられ』の話しているんだ。」
「す、すみません。」
「そのな、バカ貝の小さな貝柱が『小柱』とか『あられ』と呼ばれるんだ。
 正式名称は『青柳貝』って粋な名前だ。
 千葉県の青柳海岸で良くとれてな、地名からそう呼ばれるようになった。
 東京では大変喜ばれる食材でな、今じゃ高級食材だ。
 北海道では全然メニュウにされないが、東京の寿司屋じゃ軍艦巻きにしてな、和食じゃワケギなんかと合わせて『ヌタ』などにするし、天麩羅屋じゃ『かき揚げ』に、蕎麦屋じゃ、そのまま本山葵で刺し身や『あられそば』など献立になる。
 江戸前の料理になくてはならない食材だ。」

「へぇぇ。知りませんでした。」
「だろ、折角北海道で採れるのに、肝心の地元でポピュラーじゃねぇのがな、 悔しいわ。 採って砂を抜くのに水に漬けておくとな、すぐ殻がひらき橙色の舌みたいなのをだらりと出してな、その姿がだらしなく、間抜けに見えて『バカ貝』なんて名付けられたんじゃねぇか、って言われる。」

「ま、人間は本当勝手なものでな、『バカ貝、アホウ鳥』なんてひでぇ名付けをするわね、付けられた方にしたらたまったもんじゃねぇ。」
「あのぉ、タイショー『あられ』は?」
「ったく、横から口だすなって、そういうの『蕎麦屋の湯桶』ってんだ。」
「ハッ?」
「まあ、いい。
 でな、この『バカ貝』が刺し身なんかで出されると、『青柳』とか『姫貝』 なんてちょっと色っぽい、粋な名前で呼ばれる。
 ま、貝ってな、剥いて開くとな、マ、ソノ、ナンダ、あれだな、アレ。」
「あれって、なんですか?タイショー、なんか、にやけてます。」
「ははは、ま、調理などしないお前さんにはわからんわ。」
「貝の殻から剥いた身を『シタキリ』って言ってな、これは和食・洋食様々に使われる。
 で、肝心の貝柱の方は『帆立貝柱』と勘違いされちゃなんねぇと『小柱(こばしら)』ってな呼ばれ、指の爪くらい「の小さな貝柱だ。
 二つある貝柱の大きい方を『大星』、ちっちゃい方を『小星』と呼ぶんだ。」
「へぇぇ」
「昔は貝柱っていやぁ、この青柳貝の『小柱』を指したもんだが、今じゃ貝柱ていやぁ「帆立貝」が一般的になっちゃって、北海道は帆立貝ってな、やだな、そういう変わりようは。」

「はぁぁぁ!」
「昔からある呑み屋街の通りの名前が、変な当て字使った通り名になっちゃな、気色悪い。 駅前の中央通りが、なんだぁ、セピア通りなんてな、虫酸が走るわな。」
「あのぉぉ、『あられ』はぁぁ?」
「ははは、スマン。で、この青柳貝の『小柱』をな、江戸の人達は粋に『あられ』って呼んだもんだ。
『小柱』を使った蕎麦が『あられそば』と謂われるようになった。」
「成程ぉぉ!」
「でな、北海道の人はあまりこの剥き身を食べない、で、日本海沿岸やオホーツク沿岸で採れる『バカ貝』、いや『青柳貝』は真っすぐ東京築地市場にいっちゃう。情けねぇ、小樽の市場のセリにさえ出ないってわけさ。
何でもかんでも、地産地消だぁ、産消協働だぁ、というが、流通を放りっぱなしにしていて叫んでもな。」
「あの、『あられ』・・・」
「フフフ、でな、後志の日本海沿岸では寿都(すっつ)なんかでは、この青柳貝が採れてな、真っすぐ東京築地と札幌市場にいっちゃう、
何と、後志の小樽の蕎麦屋が、この『小柱』を買うには札幌市場までいかにゃならねぇ、で、まして札幌市場でも仲々売れない、お値段も高くなる・・、生雲丹のように折りに盛られて一枚で生ウニより高いときもある!」
「生ウニより高いんですか?そうなんですかぁ。」
「でな、その折一枚の『小柱』を、『あられそば』では三分の一くらい使う、ぎりぎりの価格で出してる。」
「あまり利益がない?」
「で、板場の主任は利益が出ないってな怒り、女将が怒り、俺だけが頑張る。」
「蕎麦のメニュウじゃ、ダントツに高くなるわけですね。うぅぅん、それが弱みですか?」
「でもな、後志の海でこんな旨いもんが採れる。
こんな酒肴に最高な粋な『小柱』の刺し身を知って欲しい。
こんな馥郁たる芳醇な味を、産地の後志の人こそ知ってほしい。
というわけで頑張ってメニュウにしている。
塗りの蓋付きでお席のお客様にお届けし、蓋を開けた時の海苔とあられのな、磯の香りを味わい、何とも言えない『小柱』の繊細な中に自己主張するおダシのコクを、蕎麦と一緒に味わってもらいたい。」
「うぅぃむ。いい、イイです。」
「だからといって、実際食べて頂いてナンダって思われるお客様だっておそらくおられる、ま、蕎麦屋親爺の想い入れだけのメニュウだから、財布が寂しい時はヤメのメニュウだ。」
「いいです、イイデス、その話!やりましょう、『あられそば』で行きましょう!」
「だから、値段が張る。」
「イイじゃないですか、後志の広域観光頑張る蕎麦屋のタイショーだからこそやるコダワリ・メニュウですわ、サイコー!」
「そうだな、ま、ナンデこんな値段かって怒られるかもしれんがな。
水産加工場でおばさん達が一個一個『青柳貝』の殻剥いてやるわけだからな、殻剥くだけじゃなく、剥き身からまた指の爪くらいのサイズの貝柱を綺麗に採って、丁寧に折りに盛りつける、手間は生ウニの折以上だわな。」
「はい」
「だから、安易な地産地消ムードだけで、地場産品をといい、消費者振りで好き勝手にいうが、提供する方の苦労を知ってもらうにも、いい機会かな。」
「はい」
「タチカマもな、岩内のおばあさんが頑張っている小さな水産加工場じゃな、鮮度がよくないと固まらない、で、作った製品のうち四分の一は駄目にするって話だ。 で、澱粉いれりゃ固まりやすくなるが、そのお婆さんはそんな誤魔化しせん、ってな、頑張ってる。 嬉しいよな。 でも、後継者いないからその婆さんが元気で作ってくれる今のうちに食べんとな。」

「タチカマもそうですか、いやぁぁ、いい話聞きました。」
「やっぱ、食べて頂くお客様も、その生産プロセスや作り手の想いをな、理解してほしいわな。」
「です、デス、『あられそば』で決めましょ!」
「よぉぉし、やるか!」
「おぉい!女将、合図したら『あられそば』で行くって、板場に通してくれ!」

 というわけで、2月12日のTVH「旅コミ北海道」での、弊店のお薦めメニュウは
『あられそば』になった。
 で、その結果、

「一体全体、1400円(正式には1,417円)の蕎麦とはナニゴトですか!」
「私は小樽のまちが大好きです。ですが、寿司屋の価格の高いのには少々疑問。小樽観光の来訪者数に胡座をかいた金額設定で、こういう商売をしているとお客様は小樽から離れていく。今番組をみたが、普通蕎麦屋の天ぷら蕎麦ですら700円から800円なのに、1400円の蕎麦とは、寿司屋と同じような商売姿勢としか見れない。」

 というご指摘を頂くことになった。
 いわれるまでもなく、地物粉(北海道江丹別産石臼引きソバ粉で打った)「かけそば」にくらべ、「あられ蕎麦」¥1,417は、確かに高い。
「天ぷら蕎麦」はご指摘頂いたお客様許容範囲内におさまってはいる。
 蕎麦は所詮庶民の食べ物だ。
 口の悪い弊店のお客様の中には、所詮蕎麦など救荒食だ、などと嘯いてくれる方もおられる。
 奢った価格設定は、蕎麦屋そのものを堕落させる。
 この青柳貝の『小柱』は生ウニと同じサイズの木の折りで売られ、弊店仕入れの際、高い時で一枚「1700円」する。
 旬は違うが、赤の生ウニの折りより高い時もある。
 これを弊店では『あられ蕎麦』一人前では、こまい小星が多い時もあり大星が多い時もあり、その時々でグラム数ではいかんともし難く、平均1枚の三分の一から二分の一を使用する。
 弊店は二種類の麺をお客様のお好みで選んでいただくようになっているので、北海道江丹別産ソバ粉で打った地物粉麺でこの『小柱』を使用した『あられ蕎麦』を提供するとなると、当然利益も計算すると、使用する『小柱』原価600円とすると、上記のお値段をいただかないとまかたしない。
 粗利益率が私どもの飲食世界では一番大事だが、弊店メニュウでは一番粗利益率が悪いメニュウではある。
 お電話頂いたお客様の「高い」というご指摘は弊店メニュウ構成からしてもその通りだが、蕎麦屋親爺の想いの「強さ」もそのとおりで、是非ともご理解頂きたいとお願いするよりない。
 弊店は、お客様から温かいご指摘を受け、五十年間育てて頂いて今日ある。
 色々なご指摘の内、「高い・安い」のご指摘ほどむずかしいことはない。
 そもそも高い、安いは相対的な感覚でもある。
 お客様からすると「安ければ安い方がいい」に決まっている。
 が、きっちりした原価管理をしなければ、私どもの蕎麦屋も生きていけない。
 今日のような「安価競争」に巻き込まれ、結果スタッフをいじめるわけにはいかない。
「そうであれば、メニュウなどにするな」と言われそうだが、そこまでいくと「蕎麦屋の想い」「蕎麦屋の親爺の美学」までの論議になる。
 世の中、スローフーズ、スローライフ、地産地消などという言葉が蔓延する。
 いいことではある。
 が、それを実践しようとする私ども飲食業界の苦労は、並ではない。
 その並でない苦労を苦労と表現するのか、しないのかは経営者の感覚に任せられる。 そんな作り手の苦労など一切表にださないで、さらりと提供するのが『粋』だと思いたい。 
 が、そんな地産地消を殊更『売り』にする店もある。
 本来、地場産品を使うことは「安価」も含まれて当然なのだが、そうはいかないのが今日の流通構造だ。
 地場産品を使えば使うほど、仕入れ価格は高騰し、結果定価に跳ね返るという逆の結果になる。
 本当に全部地産地消などしたら経営的に麻痺する。
 弊店では海の食材をつかった温かいお蕎麦メニュウが数点ある。
 その中に先代がメニュウ化した「蝦夷蕎麦」がある。
 弊店の海の食材メニュウの第一号といっていい。

 北海道特産の昆布をオボロ昆布に地場の昆布屋さんに加工して納めてもらって、そのオボロ昆布のトロミで召し上がって頂くメニュウだ。
 しかし、この昆布が高騰を続けている。
 これ叉、原価計算をすれば『あられ蕎麦』に次ぐ粗利益率の悪い蕎麦メニュウなのだ
 が、先代の想いのあるメニュウと、と今も何とか続けている。

 蕎麦屋の定番メニュウの『かしわ蕎麦』も、弊店では今、メニュウ存亡の危機である。
 多くの蕎麦屋は『かしわ蕎麦』の鳥肉を、若鳥肉でメニュウにしている。
 だが、残念ながら若鳥ではいいダシがでない。
 単なる鳥肉を食する蕎麦に変質してしまっている。
『かしわ蕎麦』は『親鳥生正肉のダシ』で食べる蕎麦メニュウだったのだが、いつのまにか肉を食べるメニュウになってしまった。
 それはそれでいい。時の流れ、と思うよりない。
 が、弊店は時の流れにのりたくない。 
 先代が元気で現役の頃、『かしわ蕎麦』の親鳥正肉が固いとお客様からクレームを頂き、柄にもなく気弱になり若鳥肉に換えようとしたことがあった。
 で、親鳥正肉のダシの旨さで食べて頂くか、若鳥肉の柔らかさで食べて頂くかで親子喧嘩になり、結果先代は当時若い跡継ぎ息子の顏を立ててくれ決着。
 以来続いてきたメニュウだ。

 少々煮ると固くなってしまうマイナスがあるが、生の親鳥の正肉が醸し出す甘くコクのあるそれでいてしつこくないダシの旨味で食べて頂く「かしわ蕎麦」をつらぬきたい。
 親子喧嘩までし、飲み屋で和解した親鳥生正肉使用の『かしわ蕎麦』なのだ。
 しかし、この親鳥の「生」正肉を提供してくれる小さな養鶏場は激烈な価格競争で激減してきている。
 冷凍の「生」正肉ではその独特のコクのあるダシは望むのが無理。
 やっと見つけた余市の有機栽培農家が提供してくれた親鳥「生」正肉も、市内の食肉店が保健所指導で下処理をしないという事態もあいまって、自分達で下処理しなければならなくなってきた。
 しかし、他の仕込み業務との兼ね合いで、親鳥の下処理の手間をこなす時間がとれず、ますます困難になってきている。
 こういう下処理の面倒さを価格に転化などしたら、わやだろう。
 それでも頑張ろうとはしている。
 蕎麦屋では定番メニュウの「かしわ蕎麦」でもこういう苦労がある。
 簡単に「地産地消」など本当に言って欲しくない、と言わせてもらう。

 最近は「鰊(にしん)蕎麦」のオーダーが多いが、弊店はメニュウにしていない。
 「鰊蕎麦」は京都のお蕎麦屋さんが、北海道のミガキ鰊を丁寧にもどし、味付けし、蕎麦のメニュウにされた、京都オンリーワン・メニュウだ。
 干物を戻し旨く調理味付けする京料理発祥の地だからこそのメニュウ。
 それを食べたいと、いわれるわけだ。
 お客様は、鰊の水揚げは北海道だから「鰊蕎麦」も北海道から始まったメニュウと誤解されているわけだ。
「『鰊』を北海道で食べるなら、一番美味しい調理方法、焼いて食べて頂きたいです。わざわざ干物にしたミガキ鰊を調理した『鰊蕎麦』を食べたいなら、それは京都旅行で召し上がってくださればと。」
 と弊店ではそう言っている。
 そしてその「ミガキ鰊」だ。
 これを小樽で得るのが、難しい。
 品質の良い「ミガキ鰊」を生産される水産加工場は永年の販売ルートで真っすぐ本州に出荷される。 そのルートに、横から入り入手するのは大変難しい。
 市販される「ミガキ鰊」は、鰊の内部からにじみ出る脂ではなく、油を塗って販売されるどうしようもない製品が多く、使う気にならない。
 さらに、多くの蕎麦屋が本物の「ミガキ鰊」から戻して各店各様に味付けして出すケースはあまりにも少ない。
 味付けされている業務用「ミガキ鰊」缶詰めを安易に購入し、「鰊蕎麦」としてメニュウにするケースが大半で、そんなメニュウなら弊店は金輪際したくない。
 地産地消にはそういう苦労がある、そこを覚悟してやらにゃならない。

 ・・・ここまでMacにむかい、目をしょぼしょぼさせ入力していると、スタッフ達は営業を終え退社し、帳場で女将はその日の伝票を整理し、私はその帳場の陰に鎮座する初期iMacのトロサに舌打ちし、走らせ、いじり、疲れ、腕を組み、伸びをする。

 女将が、

「お電話のお客様にご理解頂けるといいですねぇ。」
「ウゥゥムムム、よかれと思ってやった地産地消メニューなんだがな。 価格が仇だな。」
「お寿司屋さんで1400円の握りって結構あるのですが、蕎麦屋ではね。」
「札幌の蕎麦屋でも、目が飛び出る価格のお店あるんだがなぁぁ」
「私どもの店への、小樽のまちへの期待で、お電話頂いたのですね。」
「そうだ、あり難い電話なんだがな。
 わかっていただけるといいんだが・・・。」

 組んだ腕をほどき、女将が差し出すお茶を手にとる。
 旨い。
 と、女将が、

「でも、うふふふ、『地産地消』って夫婦では簡単ね。アナタ!」
(・・・来た!アナタだ)
「フ、フ、夫婦で『地産地消』ってぇl? な、な、なんだぁ、それぇぇ」
「婦産夫消、夫婦で産みだす愛を夫婦で消化する・・・・」
「ったく! な、なんだぁ???!!!」
「その結果が、私達の娘三人、皆なんとか育ってますね。」

 と、こちらを見入る女将の顏をみる。
 ・・・なにかしら化粧が濃い・・・気がする。
 咽がゴクリとなり、お茶を飲み干す。
 懐の携帯が鳴ってくれる!
 雪あかりの路のメンバーの番号だ、 天の助け!
 無神論者も、このときばかりは運命論者になる。

「も、も、もしもし、ああ、何、雪あかりの路の会議で揉めてる?
 おお、今からすぐいく!」
「あのな、か、か、会議だ!雪あかりの路会議だから来てくれってな、行ってくる。」

 羽織ったオーバーを貫き、女将の目線が背中に突き刺さり心臓をえぐる。

「お風呂立てておきますね、『会議屋さん』!」

 妖しい含み笑いを背にうけ、会議が長引き、ラーメン「久松」が開く時間まで花園町でがんばれば、テキは寝てくれるとほくそ笑みながら、街に打って出る、・・・私がいる。

この項、完